この人は知れば知るほどびっくりさせられることばかりで、その存在も音楽も人をあきさせません。
まず一つめはその芸名。
なんとなんと、年下の
「サニー・ボーイ・ウィリアムスン(本名 ジョンリー・ウィリアムスン)」
の名前をまんまパクッてるらしいですね。
それなので、今では区別するために
「サニー・ボーイ・ウィリアムスンⅠ」と「Ⅱ」で記載を分けて表記されることが多いようです。
ちなみに「Ⅰ」は本名にウィリアムスンって入っているものの、「Ⅱ」の本名はライス・ミラーといい、全くかすりもしません。
その「Ⅰ」は懐が広いのか訴訟を起こすでもなく、「オレが元祖だ」と言い張るでもなく、周りもそれで良しとして通っているところもびっくりです。
心がせまく人間の出来ていない私には、全く理解できない精神構造です。
ブルースの世界のおおらかさを言うと、ルシール・ボーガンの※1“T&NOブルース”の歌詞の出だしは、“私が乗る列車は、18両編成”です。
これを”16両”とすれば、リトル・ジュニア・パーカー、エルヴィス・プレスリー、ジュニア・ウェルズ他、多くのカヴァーを生んだ「Mystery Train」の出だしと同じになります。
ブルースはこのように歌詞を少しだけアレンジして使いまわすことが多いみたいですね。盗作と言うよりは、
歌詞を共有(そういう言い方もあるのか)している文化
なのであると、「BLUES&SOUL RECORDS」の付録CDの解説に書いてありました。
しかし名前となると、共有しているなんておおらかな表現は通用しないのではないでしょうか。
世が世ならば訴訟問題です。
だって、
ヤクルトとヤクルトⅡ、
なめくじが、おれはカタツムリⅡ、だって言ってるみたいな話ですよ。
音楽的には両者とも※2「ブルース・ハープ」奏者なので余計に面倒です。
当然「Ⅰ」が先に有名になり影響が大きくなるも、テレビのない1940年代です。
ライス・ミラーにいたっては、よっしゃこの流れに乗っかって、「Ⅰ」になり替わりちょっと小銭でも稼いでうまくのし上がってやろう、といった魂胆だったのでしょうか。
当時は面が割れておらずに、噂が先行したミュージシャンも多く、そういった戦略は当然ありで、同じような狙いのミュージシャンはたくさんいたのでしょう。
今どきそんなことをやった日には、一瞬でネット上でたたかれまくり、炎上するか色モノとして扱われメジャーには成り得ません。
ただ、そんなものはどうでもよくなる代えがたい実力が、この「Ⅱ」にはあったのでしょうね。それは彼の音楽を聞くと納得できます。
そして思惑通り「Ⅱ」は本家サニー・ボーイ・ウィリアムスよりも有名になります。
なんとなんとアニマルズやヤードバーズ、ジミー・ペイジともレコーディングを果たします。
「金のおの銀のおの」の欲張り爺さんが池に行き、平然と神様をだましてうまく金のおのをせしめたようなものです。
でも私はブルースの下世話な歌詞にはじまるこのアバウトさと言うか、おおらかさと言うか、そんなところがとっても微笑ましくて好きです。
そんな音楽とは関係ないところから「Ⅱ」への興味が始まりました。
手始めに、「リアル・フォーク・ブルース」(1959)、次に「ダウン・アンド・アウト・ブルース」(1965)のCDを購入しました。
両方ともジャケットがクールで、かっこいいことこの上ないからです。
「ダウン・アンド・アウト・ブルース」のジャケットで横たわっているおじさんは、仕込みなのだろうか、そこに元々いた人を撮ったのだろうか。
どちらにしても人生をうっちゃったようなその風貌は、Eテレで以前放送があっていた「大人の一休さん」を彷彿させ、アルバムタイトルにマッチしてかっこよすぎます。
CDがLPサイズの大きさだったならば、ローリング・ストーンズの「ベガーズ・バンケット」と一緒にうちの階段に並べて、そこにドライ・フラワーを添えるときっと素敵だなって考えているとわくわくしてきます。
だから配信もいいけれど、音楽はアルバムジャケットとともにあるべきよね、と古い古い考えを持ってる私……。
あらあら、お話がずれましたね。
音を聞いてみると、名前をパクってキワモノ的に思える人が、こんなにかっこいい音楽を作れるのだなって、そのギャップに感動しこれだから許されているのねって、妙に納得するのでした。
次にびっくりしたのは、さてさて、どんな人なのだろうと興味津々、お姿拝見とYouTubeでその登場シーンを見たときです。
よくぞ会場に入れてもらえたねって疑いたくなるようなそのお姿。
「拾ったのか!」っていうくらいよれたスーツと、これまた「落ちてたのか!」っていうくらいのくたびれたかばんに、なにゆえに傘をもって何の緊張感もなくニタニタしながら出てくるんですよ。
いやいやいやいや、ありえないでしょ。
スタジオにかばんと傘って、ついていけません。
かばんも傘も楽屋において来たらどうなのって。
誰か教えなかったのでしょうか。
それとも頑としてきかなかったのか。
私の息子なら即刻改めなさいって電話します。
当時のTV局のバックステージはそんなに治安がよくなかったのでしょうか。
それでも傘ぐらいは何とかできなかったのだろうか。
ちょっくらフラっとよってみました感が満載なのです。
そんなもんだから、これから演奏するというのに脈拍も血圧も正常値なのが、よく見て取れます。
その風情は、サザン・オールスターズのスタジアム・ライブで緊張感をみじんもみせず、「ミス・ブランニュー・デイ」のイントロを打ち込みのように的確なプレイをする原坊をほうふつさせます。
この登場シーンは、数個のニューロンが一発で私の脳内に焼き付けてしまいました。
よくいう一生モノです。
だからサニーボーイ・ウイリアムスと、おじいちゃんのモンブランの万年筆は、私の中では同じカテゴリーです。
その容姿は顔のパーツがひとつひとつ大きく、そこには強烈な個性が忍んでいます。
その上に手も足もやたらと長く、獲物を前にしたエイリアンみたいにひたすら落ち着いてニタニタしているそのさまが、彼をより怪しく危なっかしいものに見せています。
またしゃべりだすと前歯が上も下も数本ない。
この人はいったいどこまで人を喰っているんだろう。
私の頭の中は「えーーーーーーーーーっ!!」だらけになり、顔文字が(・・?)×10くらい浮かびました。
私が銀行員だったらこの人にはもう絶対にお金を貸したりしません。
いや、銀行にも入れたくありません。
おそらく銀行に入ってニヤッと笑っただけで包囲され、大量の銃を突きつけられます。
怪盗グルーがベクターの家を訪ねた時のように。
彼が放っているオーラは「羊たちの沈黙」のレスター博士から知性を取り除いたような風情で、どこまでも怪しいのです。
レコードコレクターズ増刊の「ブルース」によると、生年月日は1894年12月~1909年4月の間って、13年もの枠が与えられています。
それって生年月日の記述ではないでしょう。
もう不詳って書いた方が潔くないですか。
セミなら土の中で生きていた期間をいれて2回も転生できます。
ロバート・ジョンスンの死の現場に立ち会ったと話していたらしいですが、それも嘘らしくジョニー・シャインズ曰く、“あんな嘘つき見たことない”と証言しています。
このあたりの逸話を聞くとYoutubeでの登場シーンも納得いきます。
いやいやそれでも、傘とかばんは絶対に納得いきません。
画面を見ながら、そのスカスカの前歯でハーモニカ吹けるの?って心配していると、そのうちもったいぶりながらハーモニカを胸のポケットから取り出して、傘を左手にかけたまま吹き始めるのです。
つっこみの相方がいれば「帽子は取るのに、傘はおかんのかいっ!!」ってなります。
さらに驚くことには、指の長さは異常に長く、手のひらも幅広くてハーモニカが見えない。そして、演奏が終わるとはい、おしましおしまい、みたいな感じでとっとと帰っていきます。
もうどれもこれもが私が今まで生きてきた経験の枠の中にはあてはまりません。
いくつになっても勉強とはこういうことなのですね。
でも、その存在感とともにダークサイドへ引っ張り込むようなプレイは、目も耳も離せません。
彼のすべてを網羅した、このMVの強度はダイアモンド級です。
とってもかっこいいのでぜひ聞いてみてください。
※1「T&NO」とは、テキサス&ニューオリンズ鉄道のこと。
※2ホーナー社の製品名で単音16穴のハーモニカはブルース奏者が愛用し、横から見た形がハープに似ておるのでそう呼ばれるようになったそうです。
ブルースハープ(10ホールズハーモニカ)はGからF#まで合計12のキーが存在しており、異なるキーの楽曲を吹こうする場合は楽曲に合ったキーのハーモニカに交換する必要があります。)