南が4年生のときのお話ノートから。
16時前。
ごはんのたけるにおいが部屋に充満してきた。
ごはんがたける。
とっても素敵な日本語だと思う。
これを聞いただけで食いしん坊な私は、おなかがすいてくる。
特に夕方の時間だと、今日も一日が無事に終わるのだと感傷に浸る。
やがて、「ただいま」の声とともに、みんな無事に帰ってくるんだという安心感が、ご
飯の匂いとともに私を包み込む。
炊立てのご飯で、南のおやつに小さなおにぎりを作る。
削り節、梅干、ワカメをまぶしたものの3種類×2=全6個。
おやつなので、サイズは手の中に包み込める程度。
「おいしくなーれ」と魔法をかけながら。
まあるい木の皿に、庭から取ってきてよく洗ったハランの葉を敷いて、その上に海苔を巻いたおにぎりを並べていると、南が元気よく帰ってきた。
シャワーを浴びて、着替えを抱えて素っ裸でリビングに登場。
髪の毛はいつものように濡れたまま。
パンツに足を通しながら、南が学校での出来事を話し始める。
私はこの至福の瞬間を毎日待っている。
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南 エイタがね、お前たちのせいで俺は熱が出たっていうんだよ。ありえん!!。
と不満そうに報告する。
私 まずは服を着なさいな。あなたたちは彼になにかしたの?
南 なにもしないよ。運動会の練習が終わって、昼休みにみんなで外で遊んだら、おかげで疲れて熱が出たって言いたいらしいんだよ。
私 まー、ひどい。それは、“言いがかり”っていうのよ。
南 ばーば、それってなんの係なの?
私 その係ではなくて……。
と、ひとしきり“言いがかり”を説明する。
南 アイツ、すぐ人のせいにするからね。そんなに友達のせいにするのなら、次から一人で遊べ、そして寝言は寝てからしゃべろ!!って怒った。
私 わー、すごいのね。そんなことを言うようになったのね。頭も態度もたくましくなったわねー。
南 でもちょっとだけ、それはホントに寝言なのかなって心配になったんだよ。あいつの人のせいにしたり、嘘のつき方って生まれつきだから、寝言じゃないんだよね。
私 ふざけるな!!の意味で相手に言う言葉なので、あなたの言い方であってるのよ。もめてるときは言葉がわからなくても、勢いが大事かもしれないわね。
南 あー、そういうことなんだね。
私 大人の人もよく起きたまま寝言を言う人は多いのよ。そして、一生寝たままで起きない人もいるのよ。
南 えーっ、そんなひといるの?、いないでしょ!!。
私 いるわよ。本当に寝たままという意味ではないけど、自分の生まれてきた役割に気づかずに、ヨレヨレしている人のことよ。
南 あーっ、いるいる、クラスにいる。なんにでも変に自信がないやつ。そういうやつって、なんかクラスで新しいことをやろうとすると、「どうせ無理」とか「絶対できない」とかすぐに言う。なんだこいつ、やってもみないでわからんだろーって、オレは思うよ。
私 そういう風に相手に言うの?
南 いうわけないじゃん。黙って思うだけだよ。言ったところで、そいつは変わるようなやつじゃないし。
私 へー、すごいわよあなた。いろんなことを考えられるようになったのね。
孫の成長に感謝をこめて、お盆にのせたおにぎりを差し出す。
「わー、ばーば、きれいだね。おいしそうだね」
私の希望と寸分違わない感想を言いながら、南がニコニコしながら手を差し出す。
あたたかいおにぎりを笑顔でほおばる南を、私もニコニコしながらテーブルの反対側からご機嫌に眺める。
笑顔になる理由はスポーツの歓喜の瞬間や、テレビのお笑いの中だけではなく、ささいな日常にたくさんころがっている。
子どもの笑顔はその中でもキラキラしていてとびきりだ。
万人を笑顔にできる、かけがえのないもの。
笑うのは人間だけに許された特権だ。
特権は駆使して初めて価値が生じる。
南のそんな素敵な特権を引き出すのも、私の楽しみの一つだ。
そして、私はどんどん、じわじわと、日ごとに、南の笑顔依存症になっていく。