南が4年生の時のお話。
YouTubeで「Medeski,Martin&Wood」を流しながら夕飯の準備に取りかかろうとしているところへ、南が野球の試合を終えて帰ってきた。
玄関を開けると同時に「負けたー」と元気のない声。
一緒に戻ってきたおかーさんは南に、ユニフォームの下洗いの大切さを素早く指導して、そのままおとーさんの運転で、夕飯の追加食材を買いに出ていった。
どれどれと玄関に行ってみると、顔から足の先まで、たくましく泥だらけのまま首を傾けてぼう然とつっ立っている南に、まずはシャワーを浴びるよう促す。
「ちゃんと丁寧に洗うのよ」とドア越しに念を押す。
「はーい」つぶれたような声で南が返事をする。
長い下洗いの時間を終え、いつものようにポタポタとあ髪の毛からしずくを垂らしながら、いつもの笑顔を欠いた南が片手でタオルを差し出す。
頭をふいてあげていると、タオルの中から「あのね、今日の試合の最初の打球をオレがエラーしたんだよ」とくぐもった声で報告を始める。
「めずらしいわね。緊張してたの?」
「そうでもないけど。なんかエラーした」
なんかエラーしたっていうニュアンスはよくわかるわと思いながら
「だれでも失敗はあるわよ」と励ますように言う。
「でもね、初回の打球は特にちゃんとしないと、そのあとほかのみんなも次々にエラーをしてしまったんだ。そして初回に7点も取られて負けちゃったんだよ」
チームのことや野球のことを少しだけきちんと考えるようになったのだなと感心する。
「おとーさんから怒られたの?」おそるおそる聞いてみる。
「いや、怒られはしないけども、試合の入り方の勉強になったねって。で、そういう時は、ショートのポジションにうなだれながらつくのではなくて、ピッチャーのところに言って『ごめんね、次はちゃんととるからね』って声をかけて、自分も一緒に落ち着く時間を作るといいよって教えてくれた」
「いいこと教えてくれたんだね」
「そうなんだよ。だからありがとうっておとーさんに言ったよ」
「じゃあいいじゃない」
「でもね、少し落ち込んだ」落ち込むことはほぼないであろうと思われる南が珍しい。
「大丈夫よ。人間は“ありがとう”と“ごめんなさい”と“そうだね“ってこの3つを言えることが一番大事なんだから。あなたは今日一日で3つとも覚えられて大成功の一日よ」
「そうなの?」
「そうよ」
「まあ、人としてはね。プレイヤーとしてはまだまだなんだよ。未熟者ってこと」
「自分を冷静に見ることができるのはいいけれど、まあそう悲観しないで」
「悲観ってヒカンザクラのヒカン?」
「まずそれは寒緋桜っていうのでそもそもがまちがっているけど、調子が戻ってきたようね」
落ち込んでる南を励ますために、南の好きなコロッケの材料を買いに行っていたおかーさんとおとーさんが帰ってきた。
ソファに座って本を読んでいた南は、さっそく「おかえりー。おかーさん、おかーさん、緋寒桜は悲観桜じゃ無いんだよ知ってたー?」と大声で話しながら玄関へ走って行った。
「えー、そうなんだ」と南に合わせるおかーさん。
「なんで桜が悲観するかなーって思ってたんだよね。おなか減ったから早くコロッケつくってね」
南完全復活!!。