南が4年生の時のお話。
幼稚園の花火大会の日に夜店から連れてきて、7年間世話をしてきたオレンジ色の金魚の看取りをしました。
数日前から水槽の上に浮いたまま、あまり動かずじっとしていたのですが、ついにおなかを上にして少してエラだけを少し動かしています。
南は、金魚が病気になった時に施す塩浴を思い出したのでしょう。
キッチンに走って行き、水槽の水が0.5%濃度になるように真剣な顔で塩を計り、お湯に溶かし小さな水槽に塩浴の環境を作ろうとしています。
塩や水がキッチンに飛び散ろうがお構いなしです。
南が大きな水槽から瀕死の金魚をそっと網ですくい、小さな水槽へと移し替えます。
「日に当てたらもしかしたらなおるかもしれない」と独り言のようにつぶやきながら、水槽ごと大事に抱えて、庭の日が当たっている台の上に移します。
おとーさんが来て「もうだめだね」と諭します。
「いや、わからないよ」と、南はしゃがんだまま金魚から目を離さずに答えます。
「がんばれ、がんばれ。がんばれ、がんばれ」と小さな声で金魚を励ましています。
お母さんがその間におやつのおにぎりをこしらえます。
私は彼が好きな卵焼きを焼きます。
30分ほどして南におやつをうながしますが、食べようとしません。
庭にでてみると、南はおとーさんが出してくれた小さなアウトドア用の赤い椅子の中に小さく収まって、金魚を凝視しています。
おなかを上にひっくり返った金魚のエラはもう動いていません。
「もういいかな」とおかーさんがそっと声をかけます。
南は涙を袖で拭きながら
「また動くかもしれない」と口を真一文字にして、金魚の死を受け入れようとはしません。
「そうね。でもこうなったらもう無理なのよ」おかーさんが静かに説得します。
「いや、わからないよ」といって大きな声で泣き出しました。
おかーさんが南の頭と背中をずっとなでてくれています。
私も悲しくなり涙ぐみながら、少し遠くで見守っていたおとーさんに
「優しくいい子に育ったわね」
と声をかけました。