大人は子どもたちへのスピーチで、
君たちの未来は無限に広がってる。
だから努力しなさい。
とよく言うけれど、
それは意見であって事実ではない。
事実は、君たちの未来は無限ではないということ。
生れた瞬間から未来は終息に向かって走りだす。
そして可能性はどんどん狭くなくなっていく。
小学生より中学生
中学生より高校生
高校生より大学生
大学生より社会人
年齢が上がるにつれて自分が向いてないもの、できないことが増えてはっきりしてくる。
逆に言うと、無駄な情報がそぎ落とされて、自分の進む道が明らかになっていくのだ。
これが事実。
高校生になってまで「僕の未来は無限大だ」と言っているのであれば
「いったい何を今まで勉強してきたの?、できないこともはっきりしていないの?」
と問われても仕方がない。
最初からなりたいものが決まっていてブレない人はそれでもいいが、
たいていの子どもたちは自分の道を探りながら年齢を重ねる。
大人になってからも迷っていることがある。
それはそれでいいのだと思う。
いつまでに自分の道を見つけろなどという決まりはない。
これも事実。
子どもたちは、知識習得のためではなく、自分の進む道をみつけるために必要のない情報をカットし、より必要な知識を充実させるために何教科も勉強をすると思ったほうがいい。
だから、苦手な教科にも取り組まなくてはならない。
体育が苦手でもスポーツのデータアナリストにはなれる。
データ分析をするために数学を、言葉を伝えるために国語を、日本を飛び出るのであれば英語を、分析の視点を広げるために理科や社会を、そしてもちろん苦手な体育もやっておかなければならない。
何が人生に有効に作用するかはわからないのだから。
そういう意味では学校のカリキュラムはよくできていると思う。
それでもまだまだ学校では表面的な勉強しかできない。
学校での学習をきっかけに自分の興味を走らせてみるといい。
これを自学という。
自学は一番身につく学習方法だ。
歴史に興味を持ちその中で室町時代が好きなら、徹底してその中に入って遊ぶといい。
生物を習う過程で粘菌に興味を持ったら、フィールドワークをしに外に出かけるといい。
ブラックボックス化が多くなった日本でも、自学のための情報は子どもたちの周囲にたくさんそろっている。
その行動は視野をどんどん広げてくれるだろう。
☆ ☆ ☆
親も含めた教育者と政治家は事実を正しく伝える義務がある。
自分の考えでどこかへ導こうとしてはならない。
事実を正しく伝えたうえで、考えて選択するのは国民であり子どもたちである。
でも今の日本はどうもそうなっていないようだ。
メディアが提供する情報は正しいと思っている人が極めて多い。
事実ではない情報に惑わされ刷り込まれている。
特に自分で首を絞め続けている経済においては。
再度いうけれど
君たちの未来は無限に広がっているとよくいわれるようだけどそうではない。
だからこそ、一見正論であるかのような「こうしなさい」「こうあるべきだ」という
大向こうからの押しつけがましい意見と事実の違いを見出して選択をして生きていかなければならない。
自分で考える必要性を問われているのが今の時代だ。
だれかが不安を取り除き、明るい将来を差し出すことはない今、
浅い知識ベースで満足するのではなく、からだを使って興味のあることを感じて欲しいし、そしてそこで遊んでほしい。
そこには未来へ向けての自覚が生まれ、自分の「歩むべき道」ができていくはずだから。
その道を歩くことで工夫を覚え、わきまえ方が芽生え、人生の機微につかりながら考え方が凝り固まらず深みが出てきて、人間としての総合的な成長を遂げていくのだと思う。