どうしてあなたたちは理解しあえないの、わかりあおうとしないの
と、小さな時から言われ続ける。
国と国
友と友
兄と弟
姉と妹
親と子
上司と部下
先生と生徒
私はわかりあうということが、どういうことかわからない。
わからない私は頭が悪いのだろうか。
それすらもわからない。
それどころか、大人になるにつけわかりあえない事が増えるばかり。
ずっと熱があるのだろうか。
毎朝飲むブラックコーヒーのせいかしら。
大人は思考が整理されている生き物だと信じていた。
そうでないとわかった日には、
笑顔でわかりあおうと手を出されても、尻ごみしてしまう。
大人も子供と変わらず混乱していることはわかったけど、
それがどういうことかは
ぜんっっぜん、わからない。
反対に「あなたの言うこと、よーーーくわかるわ」と言われても
私は「軽いな、そんな簡単にわかるわけないじゃん」と機嫌を損ねる。
かといって孤独を愛するわけでもない。
共感はなくても戦友は欲しい。
ひとりみじめなのは嫌だ。
あいまいで複雑とはこういうことを言うのだろう。
人は絶対にわかりあうことはできない。
長年連れ添ってきて、晩年も愛し合う夫婦でさえ。
それは身もふたもない事実なのだ。
だから、わかりあう日が永遠にこないことをみんながわかっていれば
優しくなれる。
ちょっと考えれば、優しくなるしかないでしょ。
手ぐらいつなぐでしょ。
手をつなぐことをあなどってはいけないのです。