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ばーばと南 + Run&Music

ダークサイドからライトサイドへ ~ 結果はすべて自分で引き受ける

孫たちには

 

人のせいではなく、社会のせいではなく

自分が出した結果はすべて自分で引き受けて

自分以外の人のために、社会のために

結果、自分のために

自主的に行動する人になってほしい。

 

といつも願っています。

 

 

目指せダイエットよりもなによりも大事な私の欲。

 

 

しかし、この境地に至るのはなかなかどうして難しいものです。

それはそうです。

人のせいにして自分をセーフティーゾーンに持っていき精神の安定を図るほうが楽だからです。

いい大人でも、役職がえらくても、いいスーツを着ていても、大きな家に住んでいても、肉の値段をみずに買えても、ベンツに乗っていても意識が低いとなにかと外部に責任をなすりつけたがります。

 

 

その姿は犬が背中を地面に擦り付ける仕草にそっくりです。

 

 

そんな人ほど得てして乾杯の手を止める長い挨拶をしがちです。

いや、これは統計を取ったわけでもないので偏見とグチです。

見過ごしてください。

 

 

 

辛いことや悲しいことに出くわした場合、それをたとえ話と笑い飛ばすまでに消化するには時間が必要です。

ただ、その時間の長短は先に述べたような心持ち次第だと思います。

 

責任は選択した自分にあると自然に思考を持っっていけるようになると、乱雑だった机が整理されたかのように、人のせいにしていた気持ちはずっと楽になります。

 

これは言葉で言って通じるものではありません。

なったことがないとわかりません。

 

 

 

☆ ☆ ☆ ☆ ☆

 

 

 

では、ハードルが低く摺り寄りやすいダークサイドから、ライトサイドへ導くにはどうしたらいいでしょう。

ダークサイドへ来いとダースベイダーの誘いを断ったルークのように強い意志をもつにはなにをしたらよいのでしょうか。

 

 

生徒や会社の従業員を指導する先生やリーダーたちは、ガマンすることが大事です。

これって家庭の指導者であるおとーさんおかーさんにも言えます。

 

 

 

指導側が権限委譲することなく、いちいちあれやこれやと、一から十までなにやかにやと、子供やスタッフに指示や注意をしても自主性は育まれません。

こんなことをしていると、同じことを一生言い続けなければならず、

指導者側も言われる方も疲れ果てていきます。

 

 

 

聴かされるほうは、耳を塞いでしまいます。

耳だけならまだよくて心まで塞いでしまうこともあります。

 

 

そうなったことを子どものせいでにしてはなりません。

人のせいではないと言っている以上、指導側の責任です。

指導者も、ともに勉強する姿勢が必要なのです。

 

 

 

「え、うちはそんなことはない」とおっしゃる家庭の子どもさんはデキすぎなので

人とは違う優秀な子どもさんだと思っていいでしょう。

末は総理大臣を目指していいかもしれません。

せひ、ダメな日本を変えてください。

 

 

 

言われたことが、すっかりさっぱりできない子ども日本代表レギュラーのうちの南は、

幼稚園から中学までずーーーーーーーーっと同じことを注意され続けています。

 

 

中2になってようやく学校に行く時間を目指して朝から準備をするようになりました。

拍手喝采です。お赤飯をたいてもいいかもしれません。

 

でも、朝の短い時間での準備なのでもうドタバタたです。

 

「水筒はどこ?、ないんだけど」

「昨日のうちにカバンから出してないんじゃないの。洗ってないわよ」

「あーっそうだった、ベルトもないんだけど」

「毎日ベルトがないって、決まったところにかけないからでしょ」

 

 

おかーさんは朝からばたつくのではなく、前の晩から準備しなさいと言いたいようですが、まずは一歩前進を吉ととらえるべきかなと前向きに努めています。

その反面、次の指導する時をいまかいまかと川に潜んでカピバラを狙うワニのように静かに待っているのです。

 

 

まずは、南にベルトかけを設置させました。

 

「おかーさん、ネジはどこにある?」

「工具箱の中にあるって言ってたでしょ」

「ないよ」

「机の上に置いているのはネジじゃないの」

「おー、そうだった」

 

ね、ガマンが大事でしょ。

 

 

 

☆ ☆ ☆ ☆ ☆

 

 

 

指導する側は、指導される側に対して

やってもらいたいこと、

やらなければならないこと、

挑戦するべきことを丁寧に伝えて責任をもたせ、自主的な行動を促していきたいものです。

 

主体性の喚起です。

 

 

責任範囲を明確にした権限の委譲は必須です。

委譲したからにはそこで失敗しても、なにやってんだと怒ってはいけません。

「ダメだなお前は」なんて言葉は絶対に禁句です。

 

叱咤している暇があるのであれば

失敗したら原因を明確にしてその次はどうするか、どうしたいかを考えチャレンジをする機会を与えます。

 

 

暑い夏の日に幼児の持ったソフトクリームが溶けてアスファルトに落ちてしまっても、なにやってんのって怒ったところで、逆再生でソフトクリームはコーンの上にもどってきません。

どうしたらよかったのかを考えさせなければ次も落としてしまいます。

 

 

 

原因も戦略も自分でひとりで考えるクセをつけさせたいものです。

そのためには多方面からの見識を必要とするので、どんなことからも勉強しようと気づくことでしょう。

守備範囲の広さが頭の中の固まった枠を取っ払えると、人の目や他者の評価も気にならず心が自由になります。

 

 

自ら率先して繰り返される勉強は、歓声が上がるほどに楽しいものです。

心の楽しさは、魅力的な自己完結能力と生きるために必要なものを選ぶセンスや直感を磨いていくものだと思います。

 

 

そして最終的には、責任を引き受ける覚悟が生まれるのです。