i-class collection

ばーばと南 + Run&Music

キャベツを片手で握って交差点を渡るなかれ

ロールキャベツをつくろうとしたはいいが、肝心のキャベツを買い忘れた。

暑い夏のせいなのか。

寄る年波のせいなのか。

 

 

決してそうではない。

あのばーちゃんのせいだ。

おばーちゃんと言わないのは髪型といい着ているものといい、土の付いたサンダルといい決して清潔感があるとはいえないところから、”お”をつけてはならないと感じたからだ。

 

 

そのばーちゃんは、LLビーンのトートバッグほどの大きさでしわだらけのビニール袋に家のゴミを詰めて来店し、それをスーパーの入り口に据えてあるゴミ箱に捨てている。

くしゃくしゃになったビニール袋は持って帰って再利用するのだろう、小さくたたんでバッグにしまっていた。

 

 

 

私は、小さなばーちゃんの行動を前に立ち止まる。

 

「なにやってんの。頭おかしいの」

と理解不能になってしまったのだ。

 

 

ガンズ&ローゼズスラッシュのファンである私は、そのばーちゃんに”とらっしゅ”命名する。

だって、ボロボロの山高帽までかぶっているんですもの。

 

 

 

その後、”とらっしゅ”を店内でみつけるごとに、何をかしでかすかもしれないと、それが私に課された夏休みの宿題のように観察をした。

 

そして、”とらっしゅ”は見事にやらかす。

 

 

”とらっしゅ”は山高く積まれたジャガイモの前にかがんでなにやら物色していた。

間もなくジャガイモが音を立てて崩れ落ちて、店内の床は大量のじゃがいもで埋め尽くされた。

 

 

そう、”とらっしゅ”は一番下のジャガイモを取るために、支えとなっていた板を上に引き抜いたのだった。

店員さんやら近くにいた親切な買い物客がジャガイモを拾い集めている。

”とらっしゅ”は2~3個拾って急いでその場から立ち去ろうとする。

 

 

スーツを着たまま買い物をしていたおじさんが”とらっしゅ”を呼びとめて

「あなたが崩したのだから最後まで拾いなさい。逃げたらだめです」

ときっぱりと注意をする。

 

ステキ。

この人がアメリカに関税交渉に行ったらいいのにと思った。

 

 

こんなことがあればそりゃあ、だれもがキャベツの1個くらいは忘れるものだ。

そうに決まっている。

 

 

☆ ☆ ☆ ☆ ☆

 

 

大葉もニラもえのきもバターも味噌も牛乳もチーズもポン酢もナンも冷蔵庫には揃っているのだけど、どれもキャベツの代わりにはならない。

 

それはジャイアンツに岡本がいなくなって4番の代わりがいないのと同じ状況だ。

 

 

外はセミが狂ったように鳴きまくりネコすら歩き回らない猛暑。

再度の外出は控えたい。

ロールキャベツを断念するのか否か。

決断を迫られる。

 

ときは早朝。

「夕飯はロールキャベツよ」といらぬことを叫んだがために、断念はできない。

ましてやキャベツを買い忘れたなんて言えるわけがない。

 

みんなに年齢を揶揄されるだけだ。

 

 

暑さにかまけて近くのスーパーに行くのですら車ばかり使って楽をしている後ろめたさを消すためにも、夏を満喫するためにも、歩いてスーパーに行くことにした。

 

 

 

☆ ☆ ☆ ☆ ☆

 

 

 

スーパーに入ってすぐに見事にマイバックを忘れてしまったことに気づく。

忘れ物を買いに行くのに忘れ物をしてしまう。

買ったばかりのソフトクリームをはしゃいで落としてしまった子どものようにショックを受ける。

神も仏も守護霊さんすら私にはいないのか。

 

 

キャベツを忘れたのはひょっとしたら”とらっしゅ”のせいではないのかもしれない。

ごめんね、”とらっしゅ”。

でもあなたはあなたで悪いのよ。

あなた、サッカー台に据え付けてあるロールのビニール袋をガラガラと音をたてながら腕に幾重にも巻いて帰って行ったでしょ。

そんなことをしたらだめなのよ。

 

 

 

 

じゃあ忘れ物の原因はなに?

今日をしあわせに過ごすためには、もう考えることはしない。

そう、正解のない問いを考えてはいけないのだ。

 

正解はないのよと言い聞かせながら野菜コーナーへと急ぐ。

 

 

 

 

私は”とらっしゅ”とは違い責任はとる。

キャベツ1個だけにレジ袋を購入するぜいたくはできない。

 

 

「レジ袋はいりません」ときっぱりと大見えを切った数分後には

汗を拭くために、両手で大切に抱えていたキャベツを右手でガシっと握り、

左わきに日傘をはさみハンカチで汗をぬぐいながら、

暑さに負けずにキャベツを手に入れた達成感とともにバイパスの長い交差点を渡った。

 

 

たくさんの視線を感じる。

振り返る人までいる。

 

え、私がかわいいからなの?

そんなわけはない。

ニヤける間もなくその理由が頭をよぎる。

 

 

キャベツだ。

 

 

猛暑の中を片手でむき出しのキャベツを握って歩いている光景に歩行者のかたがたは驚いているのだ。

もしかしたら信号で停車している車の人たちもと思い、目線を振ってみると見事に目が合う。

 

 

 

もしかして、やばいヤツと思われているのかな。

 

 

 

いやいや、さっきまでは両手で大事に抱えていたのだけど、ほら、暑いでしょ。汗を拭こうと思って手がふさがっているでしょ。ずっと右手でわしづかみにして歩いてきたわけではないのよ。だいたい想像したらわかるでしょ。いくら昔バスケをしていたからってか弱い女性がそんな握力あるわけないでしょ。勘違いよみんな。あれ、もう遅いのかしら。

 

 

遅いようね。

そう思われているわね。

今回の問いに正解はあったわね。

 

 

抱えているものがフランスパンで、小走りに歩いてさえいれば

「おしゃれだね」と猛暑の街に貢献できたかもしれなかったろうに。

いや、ばーばじゃできんやろと、ご先祖様の声が聞こえてくる。

 

 

キャベツだったばかりに。

数十年前にバスケをやっていたばかりに。

数十分前に”とらっしゅ”と出会ったばかりに。

数分前にレジ袋を断ったばかりに。

 

 

これからは、袋に入れなければ外を歩いてはいけないものは、きちんと入れて歩くことにする。

 

 

そして「次は薔薇をたくさんもって歩いてみるわ」と、夕食の団らんで宣言すると、

南から「薔薇はだれからもらえるの」ととどめを刺される。

 

 

言っていいことといけないことを南には厳しく教えていかなければ。