「作者はなにを言いたいのか」みたいな、国語の問題がある。
この問いに私は幼いころからずっと違和感を抱いていた。
「そんなの作者じゃないのでわからん」
「常に何かを言いたくて文章を書いているのかどうかはあやしい」
「文章って降りてくるので、言いたいことが前提にあるとは限らない」
みたいな漠然とした思いが私の中を渦巻いていたし、今もそうだ。
そこに、南が新しい視点を差し出してくれた。
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中間テストを終えて帰ってきた南が
「国語でさ、この段落で作者は何が言いたかったのでしょう30文字以内でまとめなさいってあったんだけど、作者が言いたいことってわかるわけないじゃん。こんな問題は暴力的だよ」
とカバンをおろす間もなく、ディーラーのイカサマを発見したプレイヤーのように憤慨している。
「そうよね。ばーばもそう思ってきたのよ。シュークリームにどうして生まれてきたのって聞くようなものよね」
「それはちょっとよくわかんないけど」
無自覚は残酷で、日陰から夏の日差しの中に押しやられた私は
あとでといっても可及的速やかに、年上への敬意と年寄りへのいたわりを教えなければと誓う。
「画家も作家も映画監督もそして著名なクリエーターたちは作品を世に出した後は執着がなくて、あとは好きに解釈してくれって思ってるんじゃないの?」
長年の思いを中学3年生に吐露する。
「そうそう、オレもそうだと思うよ。だから、みんな”まる”でいいじゃんね」
同調を得て、私のおやつのおにぎりを握る手に愛情が込められる。
愛情密度は宇宙の膨張よりも速く、急激に上昇する。
「正しい答えってあるのかな」
おにぎりを片手で食べながらテーブルに運ぶ南を見上げて訊ねる。
私の顔の角度が記憶よりも心なしか大きい。
行儀は悪いが、窓から差し込む逆光が南のシルエットをより大きく大人に見せる。
そういえば最近夕食時にスネが痛いと言ってはシップを貼ってたっけ。
うちの家族が得たことのないものを南は獲得しているのだなと感慨深い。
「一応解答はあるけど、作者に聞いたのかって思うよ」
「聞いたにしても答えを言うような作者はクリエーターではないよね」
「そうだよ。みんなどういう風に解釈するのかなって面白がって見てるのが楽しいんじゃんね」
「そうかもね。思いを共有しようなんていう甘えはないのかもしれないわね」
「一流のクリエーターは、自分の作品を第三者に知った風に語られることが気持ち悪いんと思うんじゃないかな」
「おー、そんな風に深く考えられるようになったのね。いいコメントじゃん」
「そんなに深いかなー」
南は思考が成長している。
息を吸って吐くだけなく、
ちゃんと生きていることに気づいていない。
そこがいいのかなと私は思い黙っている。
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孫の成長にたいへん気をよくした私は、お菓子を食べない南に
「他に何か欲しいものがあれば作るよ」と機嫌よく訊ねる。
南はおにぎりをほおばりながら、
「クリームパスタ!!」と即答。
中学生の食欲は底知れない。
私はお湯を沸かしながら
「でも作者はどのように考えていたのかなって想像することは大事かもしれないね」
と言うと
「作者の意図じゃなくて、その文章や言葉の中に住み着いているもののことならわかるけど」
と南が言う。
「それって、読む人の取りようによってはどうにでもなるってこと?」
私は不意を突いた展開に驚きながらキッチン越しに訪ねる。
「いやそうではないかな。池ができたらその後でカエルやヤゴやザリガニが棲みつくでしょ。巣箱を木に掛けたら鳥が来るでしょ。あんな感じかな。自然と入り込んでいる感じ」
その感覚が私にはわかるようわからない。
それは「ネコが猫じゃらしに集中する理由を探すのに似ている?」と訊くと
絶対
「なにいってるかわからない」
と返されるから言わないでおく。
それ以上南に説明させるのは野暮な感じがした。
私の疑問はパスタに吸収された。
あとで南が食べてしまうことだろう。
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「作者の言い分なんか考えているから、必死で幸せになろうとするんだよ」
とうそぶく若さの中で沈殿していない南は退屈を知らない。
100円ショップとコンビニにあるのは希望ではないことを見破って
コピペの幻滅がはびこり、右へ習わなきゃ殺される世界を
不謹慎に走り続けて欲しい。
でも
もう君は受精卵じゃないんだから
「いただきます」は忘れずに言おうか。