i-class collection

ばーばと南 + Run&Music

「教える」のではなく「伝える」

子どもでも会社でも学校でも、親や上司は「教える」ことに力を注ぐ。

そうじゃなくて「伝える」に切り替えた方がいいと思う。

 

「伝える」ということはそれを受ける方の姿勢も

「教わる」よりも受け取ろうと前のめりになる。

 

なぜか。

「教わる」は教わったもののみで情報は終わり、次へとつながらない。

アウトプットがないので聞く方の責任も薄らぐ。

 

「伝える」は伝えられたものは次へ伝える義務がある。

「伝承」と言う。

アウトプットを伴うのでインプットを一生懸命に聞く。

 

 

技術は特に教えるものではなくて、伝えるものだ。

技術は「見て覚えろ」なんて古いという人もいるが

伝承を伴うので見て覚えることも必要だ。

観ていてはダメだけど。

 

 

「教えてくれなかったじゃないですかー」

「教えてくれなきゃできませんって」とか駄々をこねているものは

教えたってできませんから双方あきらめましょう。

時間の無駄です。

 

あなたがコントロールできないものが世の中にあるけれど

子どもが

成功するのは見たいが、失敗や挫折をするのは見たくないのが親の心情ですね。

 

だからといって失敗や挫折をしないように見守ったり手を添えるのが

親の役目ではありません。

 

 

子どもが失敗や挫折をした後は

塩が腐敗から守るように、きちんとフォローしてあげることが親の努めであると思います。

 

 

失敗しているのに

自分は大丈夫

自分は正しい

自分はそんな人じゃない

などの純粋さが一番危険です。

 

 

失敗や挫折は

あなたがコントロールできないものが世の中にあるのよと教えてくれているのです。

そして方向性ややり方が間違っていることも教えてくれています。

それが世の中を教えてくれるのです。

 

でもそんなにたくさんはいらないと思うでしょ。

私もそんなものはない方がいいのにと思います。

だけど、必要悪は必要です。

 

 

だったら、いつまでもウジウジしていないで

そこに学び

すぐにやり方や方向を変えて

楽しい方向へ人生を持っていきたいと思います。

 

 

 

引導

「今日は疲れたので今度またゆっくり会おう」

疲れたを何度となくデートの言い訳に使う彼。

 

 

「疲れてるときほど私に会いたいと思えないのであれば、私は必要ないので別れましょう」

と引導を渡した姪っ子。

 

 

さすが読書好きの彼女。

こいいうときの機転にも読書は役立つんですね。

 

 

お弁当

お弁当を温めますかと聞かれる。

 

お弁当は冷めているところにお弁当らしさがあるのに。

温めたらお弁当ではない。

 

 

昨日の餃子も。

昨日のハンバーグも。

昨日のオムライスも。

 

 

冷えているからこそ、同じおかずなのに昨日とは違うものなのよ。

 

 

と子どもを納得させて手を抜いてきたものです。

 

 

 

ヒトはすでに多様にある

個を大事にし個性を伸ばそうという先に、今はやりの多様性がある。

多様性と大声で言わなくてもヒトはすでに多様にある。

 

多様でないと種は生き残っていけない。

そうでないと感染症が流行ったらすぐに全滅する。

強いストレスがかかると全員が鬱になる。

 

種はその保存のために多様にできている。

 

 

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昨日の夕方、スーパーに夕飯の買い出しに行く。

ポイントが何倍かになる日だったようで、食品売り場のレジは客でごったがえしている。

 

私が並んだレジには「孫がいてもおかしくないおばあさん」といっても過言ではない小さな女性がテキパキと働いている。

 

 

彼女は後ろに並びレジを待つたくさんのお客が何を望んでいるかを十分に理解していて、ぞんざいに投げ込まれたカゴの中の商品を次々にスキャンして、新たなカゴの中に芸術的にかつスピーディーに配置しなおしていく。

 

その集中した一連の所作の美しさにみとれて感心していたところで事件は起きた。

レジのおばさんが商品を移し直し、支払い機の番号を示す。

 

 

ぐちゃぐちゃなカゴの犯人は、私の前に並んでマスクを口の半分にかけているおばちゃん。

綺麗に納め直してもらったカゴをレジ台に置いたままポイントカードを探す。

 

 

私のスキャンは始まらない。

 

マスクちょんかけおばちゃんは、まだカードを探している。

時間を奪われていく周囲の空気が良からぬ方向へ変わる。

舌打ちも聞こえる。

 

ここでレジのおばちゃんが動く。

重たいカゴを持ってレジを回り、まだでもカードを探しているマスクおばちゃんのカートに乗せた。

それを横目でちらっと見ただけのマスクおばちゃん。

 

大きな財布からカードを探す行為はいつ終わるとも知れない。

 

 

後ろから大きな声が聞こえた。

 

 

「カゴくらい人に運ばせないで自分で動かせよ。お礼も言えないのか。何やってんだよお前」

「あなた周りの迷惑よ。早くどきなさいよ。じゃまよ」

そして一斉に拍手が起こる。

 

 

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話はこれで終わりではない。

 

この混乱の中、通路をふさがないように少し曲がってレジに並んでいるその隙から入り込もうとしたおじさんが、イライラが頂点に達している人たちにこっぴどくたしなめられていた。

 

最後に

「どいつもこいつもしょうがないな」

とおじさんがニコニコしながら吐き捨てた。

 

 

多様性のなせる夕刻のレジ。

多様な方法でイラつかされたレジ前の人々。

 

夕食の話題は決定です。

 

 

テストの成績が悪くて怒られている君へ ~ 私の責任範囲 (2024-06-23改訂)

脳の細胞は860億個あるそうだ。
その細胞を神経線維がつないでいる。
全ての神経繊維の長さは50万キロ。

地球と月をつないでさらに地球を3周できる長さらしい。

 

 

そういわれても私は全ての単位に経験値が不足しているため、

全く察しがつかない。

メリットばかりの商品勧誘のように、にわかに信じがたい。

 

 

そんな事実が私の頭の中に本当に詰まっているのだろうか。

 
 
 
 
「50mの神経線維が詰まっています」ならまだ信用できる。

それが10kmでも疑わしくなるのに、地球と月を結ぶなんて。

 

「何の話ですか?」とにわかに疑い深くなる。

 

 

「いやいや、そんなもんでしょ」

とサラッと言える人とは、

いくらその人がロミオで私がジュリエットであってもおつきあいできません。

 

 

「家柄の前にあなたとは数の常識が違うの!!。だからムリ!!」

と2階の窓から叫び名作は終わる。

 

あっ、今「おまえジュリエットちゃうやん」

と思った人ともおつきあいできません。

 

 

まあまあ、そんな膨大な数字を突きつけられると、

赤字の損益計算書を前にした営業幹部のように私は不安になる。

 

焼きそばの材料を買いに行ってソースを買い忘れたり

昨日会った人の会社名と名前がひっくり返ったり

昨夜読んでいた本の内容を忘れたり

生きている芸能人を亡くなったと言って家族のヒンシュクを買ったり

する私なので当然だ。

 

 

私の神経繊維の長さは最低でも数桁足りていないのではないか?

ちゃんとネットワーク化されているのか?

されていたとしても間違えてつながっていないだろうか?

どこそこ寸断されていないか?

 

いや、きっとすべての可能性を秘めているんだわ。

 

私の場合はどう考えても足りいていないか切れているとしか思えない。

 

 

 

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「ご先祖さま、私のDNAが完コピされたのはどの代までだったのでしょうか?」

次のお墓参りに行ったときにご先祖さまにたずねてみようかと思う。

 

 

そうすれば私の責任範囲が判る。

でもなー。

 

「あなたのおとーさんまでは完全だったのに、残念なことにあなたの代で10%壊れました。そのおかげでどうも理数系が苦手になってしまったようですね。

完璧を期して頑張ってきた先祖一同、遺憾に思っています。後世への責任を感じてください」

 

 

などと、8回までノーヒットノーランの先発投手を、

9回に引きついでヒットを打たれたリリーフみたいに言われるといやだな。

 

責任を感じろと言われても

壊れちゃったものはもどらないので、やめておこうかな。

 

 

もしかしたら南のかたづけができない原因と

テストのイージーミスの乱発は、私のせいかもしれないのだ。

そうすると南を注意している場合ではない。

ブーメランは私に戻ってくる。

 

 

 

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人間が進歩しないのもこのコピーミスが原因かもしれない。

昔の偉人が言っていることにありがたみを持つなんて

人はずっと同じことを繰り返して成長しいていない証拠でしょう。

そろそろ誰それが言っていたことは私たちの代によって完璧に網羅されました。

もうその人は偉人列伝から排除しますなんてことは………ない。

偉人がずっと偉人のままなのはおかしいって。

 

 

あいさつと掃除が大事だって何世紀に渡って言い続けるのでしょうか。

戦争しちゃだめよってどれだけ叫べばわかるのでしょうか。

いろいろ注意をしなくてもいい世界は来ないのです。

私よりもネットワークが切れているとしか思えない。

 

おっと、グチだらけになってしまった。

 

 

テストの成績が悪くて怒られている君。

それは100%君の責任ではないかもしれないのだよ。

朗報でしょ。

 

 

「世代が進めば進むほどDNAのコピーミスは増えるので、責任は分かち合おう」

と親に提案してみるのも一案かもしれない。

 

 

先生には

「最近判明したことなのですが、我が家系では先祖代々DNAがコピーをミスり続けた結果、徐々に脳細胞が減り続け現在800億個を切っているようなのです。今回のテストはそういうことなので、親とご先祖さまが半分、私半分の責任となり、私一人の努力ではいかんともしがたいものがあります故、ご理解のほどを……」

と訴えていいかもしれない。

 

 

その後の親や先生の反応に関しては、私の責任範囲ではないのであしからず。

 

わざとなのよ

自分の考えで人を動かそうとしない。

 

それは

 

強制はしないが導く。

自発を促す。

嫌なら嫌のままでいい。

相手が思ってもみなかった視点を提示し、想像力を掻き立てる。

そっちのゴールも魅力的だよと気付かせる。

 

それらのことと同義だと思う。

 

衝撃的に。

知らず知らずのうちに。

 

どちらでもいいが、

視点をずらして新たな可能性を見出す力になれたらうれしい。

 

 

と思うけれど、感情が先立つと自分の考えを思い切り押し出しがちになる。

 

この文に主語がないけどだれが?。

 

 

わざとなのよ。

私がって言いたくないだけ。