i-class collection

ばーばと南 + Run&Music

子どもの教養や情緒を育むのは読書から。

読書を子どもに勧める場合、世にいう名作を大人は読ませたがる。

私も含め、うちの家族たちも例外ではなかった。

でも、その名作が名作と言われる所以の力を万人に発揮するかというと、そうでもなかったりするのだ。

 

子どもにも合う本、あわない本、子どもが好きな本、嫌いな本がある。

名作シリーズを購入して与えておけば読書好きになるかと言ったら、そうでもないようで。

 

それは、私の経験からもいえること。

 

子どもたちや孫たちに、私が良かれと思った本を読ませようとしても、全く面白がらないことは往々にしてあった。

 

だからといって、えーっ、どうしてこれの良さがわからないの、わからなくてもいいからとりあえず読んでごらん、みたいなおしつけはしないほうがよい。

そんな時は無理せず、いつの日かその日が来ることを期待してそーっとひっこめる。

 

 

大人だって名作にすべて感銘を受けるものではないのだから。

 

 

かくいう私は、夏目漱石「坊ちゃん」については、何が面白いのかそのよさがわからなかった。今でもきっとわかっていない。

 

でもそれがわからないと周囲に伝えることが恥ずかしく、さもわかったふりをして過ごしてきた。

ただ、いわれるがままに、いやいや読んだだけ。

名作だからという理由で。

 

おそらく私と同じような経験のある人はたくさんいると思うのだけど、ちがうかな。

そして、それはそれで大変に不幸なことだと思う。

 

 

逆に、三島由紀夫金閣寺はその筆力にただただ圧倒されながら、私などは思いもつかないような表現にマーカーで線を引きながら読んだ。

絵本ではあるが、「泣いた赤鬼」には孫たちと一緒に感動した。

 

裏表紙に最初の孫の名前が書いてあるその絵本は、代々従妹同士で受け継がれ、今は南の本棚にしまってある。

 

 

★★★★★

 

 

名のあるものにこだわらず、子どもが興味のあるものを提示してあげれば、子どもはその世界をいろんな角度に幾重にも重ねながら、大人の想像以上に広げていくものだ。

 

我が家ではマンガも頭から否定するものではない。

南はいま、「はじめの一歩」を毎日読んでいる。

 

この間まで読んでいたゴールデンカムイ「チ」は、最初は難しいかなと思っていたけれど、子どもの理解力は洗車の吸水クロスなみにすごい。

わからない事を調べながら、どんどん興味を広げていくのには驚かされた。

 

読後も、北海道の地理的なことに興味を持ち、アウトドアの食事作りや、アイヌの歴史、オオカミの習性や天動説を、ネットやYouTubeなどで調べ、それらに関連する本を次々に読んで、さらに知識を広げ、深めていく。

 

いや、彼は知識を深めようなどとはこれっぽっちも思っていない

ただ、ただ興味がある方へ進んでいるだけだ。

 

 

そのようにして自然と興味を広げながら知識を習得していき、その過程において磨いた自分の考えをちがうシーンで披露してくれる。

南は学校の図書館も駆使する。

 

今や彼の興味は、天動説の周辺情報から、それを調べる過程で興味を覚えたヨーロッパの歴史にすり変わっている。

 

「ばーばこれ知ってる?、あれ知ってる?」と聞いてくるので、私は彼のスピードついていくのに必死だ。

隠れてコソコソと付け焼刃の知識を得て、その場をしのぐ。

 

 

★★★★★

 

 

大人の仕事は、子どもが興味を示したら、スポーツでもなんでもどんどん接していける環境をつくってあげることだ。

これをしなさい、こうしなさいみたいな押しつけではないと思う。

 

その後、その世界を広げるも子ども次第、どんどん深めるも子ども次第。

 

 

この基礎になるのが、学校での勉強だ。

学校で習うことは、一見薄っぺらで、表面的のように思える。

歴史なんてその最たるものだ。

 

それでも、それを知っていると知らないとでは、わからないことや興味のある情報に触れたときの瞬発力が格段に違う。

学校の勉強は跳び箱を飛ぶための踏み台のようなものだ。

 

 

★★★★★

 

 

学校での学力を支えるのは、塾ではなく読書に他ならない。

だから読書は食事と同様に、毎日行うものであると考える。

 

南は、学校の勉強の時間よりも、野球の練習よりも、食事の時間よりも圧倒的に読書の時間が長い。

南の読書の時間に勝るものは睡眠時間のみ。

 

ただ、それは大人が強制的におしつけたものではない。

 

 

1歳になる前から、興味を示す絵本を次々と見せたり、一緒に読んだり、おかーさんが毎晩、毎晩本を読んで南を寝かしつけていたら、今では車に乗り込むときは、数冊の本を持ち込んで、目的地に着くまでずっと読んでいる。

 

本人曰く、「三半規管がバグっているので酔わないんだよ」とのことらしい。

 

最初に気に入った本は「カーズ」の絵本だった。

 

字は読めないが、何度も何度もページをめくって絵を眺めていた。

そのうち字が読めるようになると、詳細な「カーズ」の本を欲しがるようになり、それがボロボロになるまで読み込んでいた。

そうこうするうちに、従妹たちのお下がり本も含め、南の本棚にはたくさんの絵本をはじめ様々な本が増えていった。

 

私や親もいっしょにそれらの本を読み、その内容をともに話す時間を持った。

 

 

南は読書を通して、いろんなことを知る習慣が身についていったのだと思う。

いや、本を読んで知らない事を知る、ということの面白さがわかってきたのだ、と言ったほうがいいのかも知れない。

 

今や、常に彼の神経の数本は、野球と同様に、本につながっている。

 

 

★★★★★

 

 

6年生にもなると、LINEやゲームで何時間も友達とやりとりをする子どもたちが多いと聞く。

 

南の親も私も、南もスマホは中学までは必要ないと考える。

それよりも友達と遊んだ後は、読書とストレッチと野球の自主練と、先取りしている中学の勉強に時間を費やすことが、今の彼には重要なようだ。

 

優先順位を決めて、それを実行にうつすスキルは、大人になる前に獲得しておくべき大事なことだ。

 

 

読書の1ページ1ページの積み重ねの貯金と、読書をする習慣、そして家にある数百冊にも上る彼の本、そこから醸成された教養や情緒や優しさは、何物にも代えがたいものだと思う。

 

南には、この習慣を絶やさず続けていってほしいと思う。

それは親が口やかましく言って成るものではない。

中学生までは、親も一緒の時間を作って同じ環境に身を投じることで、親も子も読書の習慣が身についてくのだろう。

 

 

 

 

 

リンゴだよ。by チャーリー・ワッツ

私がこれまで生きてきた中で一番好きなジョークは、

1965年、ストーンズがインタビューを受けている際に

「記者会見用の答えは誰が書いているんです?」って聞かれて、

チャーリー・ワッツ「リンゴだよ」って返すところです。

 

 

完璧、ストーンズ

 

 

 

 

ビートルズにも有名で傑作なジョークがあります。

 

「次が最後の曲です。お願いがあります。安い席の人は手拍子をお願いします。

その他の席の人は宝石をじゃらじゃら鳴らして下さい

 

 

王室主催の演奏会が、ロイヤル・ヴァラエティ・パフォーマンスで開かれたときに出演していたビートルズが、「ツイスト・アンド・シャウト」を歌う前のジョンのMCです。

 

 

 

素敵よ、ジョン。

 

 

 

P.S. 

日本でこれに匹敵するジョークは、1970年代のドラマ「時間ですよ」の中で、樹木希林「ジュリぃ~~~~!!」って叫びながら、身もだえるシーンしかないと思います。

 

 

 

 

メダカと、カダヤシと、ヌマエビの運命。

南が3年生の時のお話。

 

南とメダカを取りに行く。

目指すはいつもおとーさんと行っている田んぼの用水路。

南の目的はメダカに卵を産ませて育てること。

幅が3mほどの用水路に沿って流れとは反対の方にずっとのぼっていくと、いるいる、メダカが。

 

といっても私にはメダカかどうかは区別がつかない。

南がメダカというからそうなのだろう。

 

小魚を捕るときの網の使い方は上からかぶせるように取るのだと、

南が教えてくれる。

理由は下から救うと水圧で網をあやつれないからだそうだ。

「一瞬の勝負だからね」っていいながら、父親の教えどおりに網をあやつり、歓声とともに次々にメダカをつかまえてバケツに移していく。

 

南の網を操る姿が、時とともにたくましくなっていることが微笑ましくある。

その姿を見たいがためにこうやって時々一緒に魚をとりにきたりもする。

 

「ヤゴは生エサしか食べないんだ」と、こめかみと鼻の下に汗をかきながら、

水草の隙間に網を突っ込んで、数匹の小さな名前も知れないような小魚と数十匹のミナミヌマエビを捕獲する。

 

ミナミヌマエビは水槽で飼うためではない。

うちに2年間も住んで、トンボになるのを忘れているかのようなヤゴ数匹と、

小指のツメほどの赤ちゃんの時に、南の網にかかり、今では20センチほどに成長し、

“ピーちゃん”と名付けられ、自分は鳥だと勘違いしそうなナマズのエサにするためだ。

 

 

「”ピーちゃん”と言う名前にしようと思うんだけど」

自信なさげに南が提案したときに全員一致、無条件で「いーじゃんそれ」って賛成したうちの家族。

ナマズにピーちゃんって、センスがあるのかないのかは置いといて、みんなでナマズの名前を決める時間を持つよき家族でいてくれていることに感謝。

 

 

30分もの間、集中して川の中に網をつっこんでいた南は「大漁だー、大漁」と大満足。

 

 

☆☆☆ メダカじゃないぞ ☆☆☆

 

 

数十匹のメダカをバケツに入れて、大事に家に持って帰り観察していると、外から戻ってきたおとーさんが現れて、絶望的な事実を伝える。

 

「これはカダヤシっていって、よくメダカと間違うんだよ。おなかに黒い点があるのと、よくみるとひれが全然違うだろ」と、図鑑を持ってきて写真を指す。

 

 

南はお父さんの手から図鑑を素早くひったくって

「あー、なんだよ。そして外来種じゃん。頑張って取ったのになーんだ」

と顔をゆがめながらうなだれ、肩を落とす。

 

 

「あなた外来種って言葉を知ってるのね。すごいわよ」

私が感心してみせて気をそらせると。

「あたりまえじゃん。常識だよ」と細い声で反応する。

 

 

☆☆☆ ピーちゃんの餌に ☆☆☆

 

 

南はカダヤシには用がないということなので、数匹をアミですくってピーちゃんのエサとして水槽に入れてみる。

 

買い物から帰ってきたおかーさんも加わり4人で水槽を囲み、じっと観察しているけれどなかなかナマズは動き出さない。

私が「ピーちゃんなかなか食べないわね」と言うと、

南が「大丈夫、狙っているんだよ。動かないで」とたしなめられる。

あまりの動かなさに、おかーさんはお昼の準備にとりかかる。

 

そして数分後にその時は来た。

 

ピーちゃんは久しぶりの生エサにあわてず騒がず、ひっそりとカダヤシの背後に向かうやいなやパクリと飲み込んでしまう。

「おかーさん食べたよ来て来て」と、南は母親を大声で呼ぶ。

 

ピーちゃん丸のみ。

嚙まないのね。

よって、味わうこともしない。

エネルギーの獲得という目的のみ。

シンプルでいい。

エサを目の前にしながら、株のベテラントレーダーのような落ち着きっぷりも、貫禄があっていい。

 

 

 

「食事の時に噛まないのは、南とおとーさんと同じだね」とちゃかすと

「そーかもしれない」と南は素直に認める。

 

 

でも、自然の中にいたカダヤシはどうしてあんなにも無防備なのか。

南が「逃げないね」と不思議がっている。

 

「後ろからだったからじゃない」といってる矢先に、ピーちゃんはすーっと静かに“何にもしないよと”いう空気感でカダヤシの目前に現れて、これまたダイソンの掃除機のように瞬時に吸い込む。

 

 

「何で逃げないのだろう。こんなに危険がわかってなくてどうやって用水路で生き延びることができたんだろう」と南はしきりに首をひねる。

 

 

「用水路には危険がなかったんじゃない」と私が想像してみると、

「いや、そんなはずはないよ。大きな魚もいるはずだよ。フナとか、ナマズだってどじょうだっているよ。うかうかしていると鳥にだって食べられちゃうんだよ。カエルもザリガニも敵だからね」と、用水路の危険度を全力で教えてくれる。

 

そうこうして5分もすると、ピーちゃんは4~5匹のカダヤシを全部平らげてしまったので、また少し足してみようということになる。

バケツをみていた南が大声で叫ぶ。

 

「ばーば、メダカがいるよ。何匹か混ざってるよ」

「それもきっとカダヤシだよ」と言うおとーさん。

 

 

どれどれとみんなでかけつけてみると、本当に黒いメダカが数匹入っている。

 

 

☆☆☆ カダヤシとは正反対の運命 ☆☆☆

 

 

「よかったねー」と喜んで、南はさっそくメダカの水槽づくりを始める。

高さが30cmほどの水槽に赤土に水草を刺した器を沈めて、脇から静かに水を入れていく。

 

「水合わせした方がいいかな」南がおとーさんに確認する。

「いいんじゃない水温が変わらなければ」適当なおとーさん。

 

「あっ、同じくらいだからいいかもしれない」と南。

「水槽を少し太陽にあてておく?」おとーさんが南にたずねる。

「そうだね1時間くらい置いておこう」

 

南は、うちにいる金魚や、カブトムシや、川魚や、カニや、ヤゴや、ザリガニや、ピーちゃんなど、たくさんの生き物を採ってきては、そのお世話をおとーさんと一緒に行いながら、各々の扱い方や育て方を覚えていく。

 

その過程では、図鑑などにはのっていないもしくは正反対の発見がある。

 

★★★

 

ザリガニは共食いするから2匹までと書いてあったにもかかわらず、目線が合わなければいいのではという根拠のない理屈と、分けて飼う水槽がないという理由で、60cmの大ぶりな水槽に、石や水道管の切ったものをたくさん入れて6匹を放ってみた。

すると、なんと3世代もの間飼い続けることができ、最後は13匹まで増えて手に余ったものの自然に返すのは違法なので、魚釣りの餌にして、釣れたオイカワをそのザリガニが入っていた水槽で新たに飼うことにした。

 

男の子にとって、このように違う種類の生命にたくさん触れることができることは、心を育むに至ってとても貴重なことなんだと思う。

 

★★★

 

昼食後、おとーさんは用事で再度出かけて手伝えないので、この後は全て南に任された。

「ばーばも一緒にするんだよ」と、小さなピンク色の折りたたみいすをさっと準備して断れない状況を作る南。

 

まずは、メダカを小さな水槽にバケツから移す作業だ。

「メダカを水槽に移すときは優しくすくって、そーっと放してあげてね」と自慢げ。

 

 

「ばーばすくってみる?」

「ばーばはみてるだけでいいわよ」

 

 

「一度やってみなよ。僕がコツを教えてあげるから」

「どうやるの。メダカは逃げ足が速いわよ」

 

「追ったらだめだよ。網を入れてメダカの下でじっとしているんだよ。そのうち網の上に自分から入ってくるから。そうしたらそーっと網を上げて網の中で泳がせるようにすくうんだよ。じっと待つ感じかな」

 

言われたとおりにやってみると、それはそれはうまくすくえる。

 

金魚すくいも同じだよ」

「そういえば南は金魚すくい上手だったね」

 

「小魚はみんな同じだよ」と南。

男の子にとっての狩猟はたくましさと優しさを育てるようだ。

 

 

☆☆☆ 水合わせ ☆☆☆

 

 

昼食を食べて、日なたに出していた大きな水槽の水もあたたまったころ、

同じように半日陰にしていたメダカを入れた小さな水槽を、そのまま大きな水槽に沈める。

この時に小さな水槽を入れた際に、大きな水槽の水が小さな水槽の方に入っていかないような深さを保つことが大事なようで、南はレンガを沈めてその上に小さな水槽を乗せて、水槽が浮かないようにまた上からレンガをのせる。

 

そんなことができるなんて、想像力が豊かになったわねとほめる。

「そうかなー」と首をひねる南。

 

お互いの水槽の温度を合わせるためには、15分ほどおいて置くといいらしい。

南はその15分が待ち遠しくてしょうがないらしく、水槽から目を離さず、数分おきにまだかまだかと聞いてくる。

 

時間が来たら南は「よしっ!」と言って、小さな水槽をそーっとそーっと斜めにしながら、大きな水槽へメダカを移していく。

無事に大きな水槽に移ったメダカたちは元気に泳ぎだす。

嬉しそうにニコニコして眺めている南。

 

 

彼にとって家で飼う生き物は、すべてが自分で採ってきたものでないとダメなようだ。

その中でも、特に希少なメダカはスペシャルなものだそうで、ずっとみていても飽きないという。

 

外来種カダヤシはピーちゃんに食べられたけど、ちょっとした違いのメダカはこんなに大事にされて大違いなのね」と南に振ると

外来種は駆除対象だからね」と、にべもなく言われた。

 

そう話している横で、ピーちゃんとヤゴの餌にするはずのヌマエビが、バケツから跳ねてとび出した。

南はヤゴの餌のことをすっかり忘れていたようだ。

半分をヤゴ用に、半分はメダカの水槽の掃除屋さんということで、数十匹いるミナミヌマエビを小さな網で仕分けをしだした。

 

ここでの彼らの運命は、南の網のあやつりかた次第。

 

 

南の生命を扱うたくましさと、3種の運命の分かれ道をみた午後であった。

 

 

 

聞こえのいいことを言うときには、私「どうかしてるんだ」と一度疑ったほうがいい

今日の南のおやつは、出汁とともに、おいしくなーれと願いをこめて小さく握った数個のおにぎりを、軽く油で揚げて、これまた出汁を効かせたお茶漬けの中に落とす。

大食の南は、絶対に足りないと言うので、おかかおにぎりをもう一つ用意しておく。

 

私も1個だけ味見と称してつまみ食い。

おいしくなーれと思いながら握ったので、われながら満足。

 

 

南は「熱っ!!」と苦労しつつも、1個をまるごとほうばりながら、

「弱い人たちのために何ができるか。何をすることができるか」

という今日あった授業のことを話をしてくれる。

 

 

☆☆☆☆☆☆☆

 

 

南が話したことをそのまま記すと主語と話の中心がずれまくり、飛びまくり字数は増えるも理解しがたいため、加えて彼の名誉と我が家系の名誉のため、市中にわかるよう大人の言葉でまとめてみる。

 

 

「弱者が何を指しているのかが、はっきりとわからないし、そんなことこれっぽっちも思ってもいないときに、答えを無理やりひねり出しても、それは本当のことじゃないから、助けようと思ったときになったら考える」

 

と南は答えたらしい。

 

間違わないでほしいのは、言いたいことを察しながら、かっこよくまとめたらこうなったのであって、決してこのように理路整然と南がしゃべったわけではない。

 

 

「6年生なのによくそこまで考えられたわね。そうね、それでいいんじゃないの。興味がないのだからそんなことを考えるのはやめなさい」と、はっきり言う。

「どうして?」

 

 

「だって問題の意味があなた分かってないでしょ。答えられないわよ」

「そうだよね、なんだかピンとこなかったんだよ」

 

 

ピンとこないのであれば、それでいいと思う。

いつかピンと来た時に考えればよくて、一生ピンとこないのかもしれない。

それは小学生だからとかではなくて、大人になっても同じ。

ボランティア話に無理強いは禁物だから。

 

 

 

☆☆☆☆☆☆☆

 

 

 

問題解決の第一条件は問題の意味をちゃんと理解することだ。

出されている算数の問題の意味がわからないのであれば、足すも引くもない。

それに、「助けたい」と簡単にいうけど、

途中で助けるのをやめたら、その人たちはどうなるかを想像してからしゃべらないといけない。

 

 

 

少し前に

弱者のために何かをしたい。ほら、困っている人がたくさんいらっしゃるじゃないですか、私たち何かできると思うのよね。些細なことでもいいのよと、子育てを終えた数人の女性グループの代表という人たちに抽象的で壮大な相談を受けたことがある。

「弱者」と抽象的に話している時点で、考えているようで何も考えてなくて、思いつきました感満載で、体裁だけつけてる態度によい印象が持てない。

 

部屋中に香る香水の匂いが私にそう思わせたのか、

直感的に、嘘っぽい。

 

玉結びをしていない糸で雑巾を縫っている感じ。

 

 

何を言っても有閑マダムの暇つぶしにしか聞こえない。

継続性があるようにも思えない。

 

 

☆☆☆☆☆

 

 

子どもたちの帰宅時に角に立ってあげることもできますよ、と提案してもそれはちょとと時間がーといって、受け付けない。

では、幼稚園で本を読んであげたり、老人ホームで傾聴ボランティアをしたりと、たくさんできることがありますよ、といってもそうだといって同調する気配もない。

 

それどころか、そんな小さなことではなくて、もっと大きくヒトを助けることがしたいのです、とくる。

 

そんな小さなことだと!!。

弱者を救うって言ったそばから大も小もなかろうに、と半ばいらつきながら、私の悪魔は宣戦布を進言する。

いやいやまてまて、子供たちにはソフトランディングを言い聞かせている私としては、それは安易すぎるし、私は分別のあるできた大人なのでしょ、と懸命に言い聞かせて思いとどまる。

 

冷静になり、無償で国会議員や県会議員や市会議員をやりますって立候補したらいいのではないですかと無理を承知で振ってみる。

当然、そんなのことできるわけないじゃないですか、あはははと一笑に付される。

でしたら、ウクライナへ行ってその格好のまま両手を広げてロシア軍の戦車の前にでも立ちますか。

一気に世界レベルですよ。

 

そんな危ないことはねー、ムリ無理むりですよーって、もっと安全なやつですよー、ですって。

あなたがでっかいことっていうから提案したのに。

 

 

そもそも、いろいろな香水の匂いが、私の一視同仁を溶かしていく。

建設的かつ自主的な意見はどこにもない時間の中で、私はここでいったい何をしているのだろう。

 

 

☆☆☆☆☆

 

 

最後には、あれは嫌これはできないと覚悟がないのであれば、相談することでもないし、したい対象と、したい事が具体化するまでは、じっとして動かない方がいいわよと話した。

 

 

ことさらに、とりわけ

弱い者を助けるなんて人に言う前に

そんなことを思ってはいけない

とも。

 

 

ひとりのマダムが、なぜ人を助けようと思ったらいけないのか、と不愉快&怪訝のデュエットをもってたずねられる。

いいことをしようと言ってるのにアナタ何言ってんのと、心の中でののしられているのが手に取るようにわかる。

 

 

まず、

聞こえのいいことを言うときには、

私「どうかしてるんだ」と一度疑ったほうがいい

と思うから。

 

 

 

さらに、私はそんなことには興味がないのでお誘いはありがたいが、お断りしたい。

と、話した。

彼女らはこいつは、アホだし、使えない!!と思ったのか、弱者に冷たいと軽蔑したのか、二度と私の前に現れることはなかった。

 

 

 

その話を南にしたときに、ばーばはお友だちを失くしたかなと聞くと、

それって最初から友達じゃないんでしょ、だからいいんじゃない

と乱れた魂を治めてくれた。

 

 

その後、外に遊びに行く間際に南が、

「ばーば、ただ、友達は選びなね」と言い放って走り去っていく。

 

 

お友だちの少ないばーばに対して、焦るなよという警告なのだ。

 

藤原定家の「明月記」ように、グチばかりこぼしていてもしょうがないので、もう少しアプローチの違う言い方もあったかなと、いくつになっても自己反省はつきないもので……、深く考えてみる。

 

 

も、自己肯定感の強靭さはにはかなわず、なかなか季節のように深まるものではない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ヒールの象徴、キングギドラと南

南が小学2年生の時のお話。

 

 

Bad Companyのセカンド・アルバム、「Straight Shooter」を久しぶりに聞きながら、夕食のお味噌汁の準備をしている横に南がきて、キングギドラのおもちゃがほしいとせがみます。

 

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南が何かを欲しがるのは珍しく、加えて最近はゴミ捨てやお手伝いをしてくれていることを思い出し、安いのならいいけどと軽く返事をしました。

 

すると、孫は「うん、安いよ。4か5だった」

と言うので、400円から500円のソフビのやつだと勝手に思って、

「それならいーんじゃない」と答えたところが

何と5万円ですって。

 

魚を煮つけている火をつけたまま、お味噌汁の食材を刻んだりして、あたふたしているところに驚愕の情報です。

その後の夕食の手順が一気に飛んでしまいました。

 

 

もうびっくり。

 

ありえん!!

 

おとーさんに円の貨幣価値と、うちは日銀ではないことをきっちり教えてもらうように言い渡しておきます。

 

 

無敵のキングギドラも貨幣の前では、カブトムシの蛹のように無力です。

 

 

*******

 

 

そんなキングギドラですが、彼は誕生以来ずっと悪役を張っています。

よくあるヒールのように正義に言いくるめられて寝返ることはしません。

フリーザのように、正義の味方になんて一生なってはいけないのです。

 

 

ギドラはこの世のヒールのナンバー1です。

だれよりも圧倒的に悪でなければなりません。

 

用がなくても地球で暴れてもらわなければなりません。

それゆえ、ゴジラの価値はキングギドラの登場で何倍にもひきあげられました。

 

 

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野党あっての自民党みたいなものです。

今の野党はキングギドラほどたくましくはないのですが。

もしくは、平家あっての源氏。

 

でもね、彼を操る親分の宇宙人はそれなりにチープで、

来ている宇宙服はいかにもなイタいデザインでいただけません。

 

ネーミングもX星人ですから………。

なんでなの、ありえないでしょ!!。

なんとかしてほしいものです。

 

 

 

もう子供はいらないから、“とめ子”、と名付けたか親のような投げやりさです。

ネーミング会議をもう少し頑張れなかったのでしょうか。

 

でも、そんな彼らにもいいところがあるんですよ。

それは、ゴジラをあと少しまで追い詰めながらも、毎回詰めの甘さで敗退していくキングギドラのことを決して悪く言わないところです。

そしてくよくよせず、反省もせずに、次また頑張ろうと無邪気に前向きなところが好感を持てます。

 

 

ヒールの仕事は主役をいかに引き立たせるかが最優先事項です。

キングギドラは常に相手を絶望の一歩手前まで追い込んで闘います。

 

 

それはそれは見事な手管で。

シンプルで洗練された動きで。

一切の反撃も寄せつけず。

 

 

その役割を全うして余りある功績は、自分のポジションがわからなくなっている不祥事続きの一部上場企業の役員さんたちのお手本になるものです。

 

 

キングギドラが、

「こうやってゴジラを引き立てた!!」みたいな本を書くとベストセラーでしょうね。

その道の権威ですもの。

 

 

キングギドラはデザイン部門でもトップクラスです。

3つの首、2つの尻尾、うろこでおおわれているカラダと、パーツだけみるとしつこい造形になりがちですが、そうはならない美しさをまとっています。

全体がゴールド1色という、

くまモンにも通じるシンプルさは逆に豪華さを際立たせ完璧です。

 

この世で一番美しいデザインのひとつ。

ゆるキャラ開発者はこのデザインを参考にした方が良いと思います。

デザインしないこともデザインと、どなたかがお話していらっしゃいました。

 

 

子どもでなくてもうっとりしてしまいます。

5万円の価値がわかるような気がちょっとします。

 

いやいや、それでも買いませんからね。

価値観の相違により、キング・ギドラは一生うちに襲来することはありません。

 

 

といいながらも、実は南が辛抱たまらず自分のお小遣いで購入した、

2万円のキングギドラがうちにはいます。

大きすぎて置き場に困った南のおとーさんが、ピアノ線でリビングに釣ってくれました。

ついでにモスラも釣りました。

 

 

そんなギドラの色が気に入らないと、届いてすぐに南が金色のスプレーで塗りました。

それもこれも、お勉強と称して南一人に塗らせたことから大事件発生。

大方の予想に反して作業はお庭ではなく、なんと家の前のグレーチングの上。

新聞を引いて作業をさせたのですが、そこは2年生、排水溝のグレーチングに金色がはみ出してしまいました。

 

 

その後の行動たるや、さすが2年生、わが孫です。

南は「なんでも中途半端はいけない」という我が家の教えを忠実に守ります。

 

 

グレーチング全体をばっちりと金色にしてしまいました。

 

 

おかげで、我が家の前の溝には金色に輝くグレーチングが1枚だけ鎮座することに。

 

 

南はインスタ映えだ、夕焼けに映えるよね、神さまの宿るグレーチングとしてお賽銭箱でも置こうか、などと冗談を言ってはケラケラと笑っています。

いやいやそんな場合ではなく、

「グレーのスプレーを買ってきて元に戻さないとね」と南に言うと、

「グレーチングだからグレーなんだ、ばーばやるねー」と一切悪びれる風もありません。

 

 

そんなんじゃないし、綴りが全然ちがうわ。

 

 

とにかく、しゃれてる場合ではないのです。

行政の人が回ってきたら、ヒールは南ですといって、ためらいなく差し出すことにします。

 

 

 

 

ノーメイクのジョギング ~ Run + Music / 「That Thing That You Do」 Diane Show ('016) 他

適度に寒い冬の朝に、美しく晴れた空気の中を走るのは気持ちがいい。

思い切って飛び出してみてよかった。

数人の早起きなジョガーとすれちがう。

その人たちは私のような「決心」には縁がない顔で、寒さをもろともせずに、ごくごくあたり前な、落ち着いた顔に背筋を伸ばして淡々と走っている。

 

みんなすごいなと感心しているところに、バチっとメイクをして走っている女性を見ると、さらに尊敬&感心指数がグンと上がる。

 

私はメイクを施している間に「寒いし、ケガをしたら嫌だし、今日はもういいかな」となりがちなので、ノーメイクで走る。

そうはいっても、絶対に眉は書く。

それは必須科目美術の時間。

平安時代からタイムスリップしてきたと思われてはならないように。

みなさんの、朝のさわやかな時間をドキッと奪わないように少しは心がける。

 

 

遊歩道の舗装されていない脇道に入ると、常緑樹から送り出される搾りたての空気を独り占めできるし、ノーメイクを隠せるのでそちらへと逃げる。

「Band On The Run」なみに、なんとしてでも逃げる。

脇道は、木の根っこを飛んでよけながら走らなければならないが、そのようなリスクはなんてことはない。

面倒を抱えながら走れることは調子のいい証拠だ。

 

風が少し吹いてきて、少しだけ出てきた木の芽を揺らしだす。

遊歩道の森には私の走ったレコードが記憶されていて、ここ数日は寒さにかまけてさぼってただろう、と言われているようだ。

 

今日は途中あることはなく、1時間ゆっくりだが走ることができた。

帰ってストレッチと筋膜はがしをして、南のおやつにフレンチトーストを作ろうと思う。

 

おっとその前にメイクをするぞ。

amazonがいつ本を届けに来てもいいように。

 

 

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今日のランでかかった5曲を紹介。

 

1.That Thing That You Do / Diane Show ('016)

この人のアルバムは「大西貴文のTHE nite」で知りました。20年もの間、Stylistics、Martha Reeves、Alexander O'Nealらのバックを務めており、2015年にやっとデビューを迎えました。60年代後半のソウルミュージックを大事にアナログテープでの録音です。

そりゃ、モータウンっぽくならないと言う方が嘘です。この歌声でどうして20年かかったかな。

 

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2.Again / Tahirah Memory ('015)

これもまた、「大西貴文のTHE nite」でこの人を知りました。ポートランド出身でお父さんがジャズトランペッター。幼少から音楽に浸って育ったようです。Tahirah Memoryを家族という Jarrod Lawsonが彼女と共同プロデュース。デビュー・アルバム「Pride」からの1曲。デビュー時にすでにこの完成度。家の中よりも外で聴くととにかく気持ちいいのです。暖かくなった春先のランでかかるといいのになと思います。

 

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3.Some Kind Of Wonderful / Carole King ('71)

 Carole Kingが作ってDriftersがリリース。Marvin Gayeがカバーしています。彼らの曲を聴くとソウルフルなんですが、本人が歌うと優しくナチュラルに曲調がガラリと変わります。どれも聴きごたえがあります。

この曲は'61に当時の夫、Gerry Goffinとともに作ったものです。二人はたくさんの名曲をうみだすものの'68に離婚。晩年の二人の関係は写真やコメントから、そう悪くないように思えます。それでも二人で作った歌を、離婚後もさらっと歌えるところが素敵じゃないですか。

 

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4.Song For My Father / Horace Silver ('65)

Carmell JonesのトランペットとJoe Hendersonのテナー・サックスが印象的です。Steely Danが「Rikki Don’t Lose That Number]のイントロでまんま使っています。こんな簡単なメロディなのに感じいいのですよ。Steely Danを責められません。

 

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5.That's The Way God Planned It / Billy Preston ('73)

Beatlesのアルバムにメンバー以外で唯一クレジットされたBilly Prestonゲットバックセッションの映像を見るとそれも納得させられます。ふらっと現れた彼の存在がなければアルバムづくりはもっと難航したと思います。

この曲はGeorge Harrisonのプロデュース&Eric Claptontoとともにギター。ベースは何とKeith Richards、ドラムはCreamのGinger Bakerです。全英11位ですが、全米ではチャートアクションはあまり上がらなかったようです。

 

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よくがんばっているね、がんばりましょうか、がんばろうね。

がんばれという言葉には際限がない。

どこまでがんばればいいのと言われたら返す言葉がない。

病気の人にがんばれとはとても言えない。

治療がスタートしたり手術の時はがんばってねでいいけれど、

今は、「よくがんばっているね」でいいのではないか。

 

 

 

南のお友だちが脳腫瘍になり入院し、手術をしました。

今は放射線治療が始まりっています。

今度、調子のいい日にビデオで通話をするようです。

その際、どのように声をかけたらいいのかを話し合った結果が

「よくがんばってるね」です。

 

 

彼の治療はまだまだ続きます。

 

 

 

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小学校低学年から、複数のスポーツを習い、塾にピアノにと休む日もなく、習い事三昧だった彼にはお母さんが毎日つき添っています。

 

 

最初の異変は、1年ほど前です。

塾に行くと吐き気がすると時々言うけれど、勉強したくないただの言い訳だと思う、困ったものだ、という彼のお母さんの悩みを、南のおかーさんが教えてくれました。

その時は、それだけ詰め込んでよく文句言わないし、よくこなすことができるわね、と塾には興味もなく、野球しかやっていない南とのあまりのちがいに驚くばかりでした。

 

しかし、時間とともにだんだんとピアノもやる気が失せてきて、野球も全然打てなくなり、家での叱咤は彼の精神的な幼さに言及するようになりました。

 

 

あるとき野球の練習を見学しに行った、南のおとーさんが、

「バッティングのフォームが急に、それもだいぶ狂っているんだけど、フィジカルの問題であーはならないと思う。何がそうさせているのかがわからない。でも普通ではない何かがおかしい軸のぶれ方なんだよね」と、気になる様子で南のおかーさんに話していました。

 

その話を聞いて、彼の頭痛が頭の片隅にあった南のおかーさんは、看護師の感が働いたのか、すぐさま彼のお母さんに電話をして、念のために安心のために何もないと思うけれど、一度頭の中を診てもらったほうがいいと思うよと進言していました。

 

普段は他人のことには頭を突っ込まないおかーさんにしては、行動が素早いねとみんなで驚いたと同時に心配性だなと揶揄していました。

 

 

 

その結果がまさかの脳腫瘍。

 

 

 

告知直後、彼の家族は当然、心の整理がつきません。

彼のお母さんは、私は何に焦っていたんだろう、自分のせいだと激しく自分を責めます。五体満足で生まれてきたことにあんなに感謝したのに、それでは飽き足らず、あれもこれも押しつけてきた自分のせいだと慟哭します。

「泣きたいときは我慢せずに泣いていいのよ」と、南のおかーさんが励ましていました。

おじいちゃんはそんな娘を見てどう接していいか、声のかけ方すらわからないと憔悴されています。

お父さんは「なんでうちの子だけがこんな目に」「オレは何も悪いことはしていない」と荒れて鬱になっていきました。

 

 

ガンが家族を精神的に追い詰めます。

私たち家族は「大変ですね、おつらいですね」としか声をかけることができません。

 

 

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あるとき、南のおとーさんが、彼のお父さんのあまりのだらしなさに業を煮やし、思い切ってこう言いました。

 

 

落ち込むのも泣くのもいいと思います。今は思い切り落ちこんで、思い切り泣くことがご両親の心を落ち着かせることなのであればそうしていてください。

私はその気持ちを押し計る程度でしかわかりません。

しかし、事実として彼は病室であきらめることなく闘っています。

ただ、一人で闘うにはあまりにも相手が大きすぎますし、彼はあまりにも小さすぎます。それを助けるのは医者でもなく、だれでもない、お父さんやお母さんではないのですか。

なにかを恨んでグズグズしているのもいいですけど、それでは彼は助かりません。

 

今できることは、放射線治療に耐えてがんばっている彼に伴走してあげることではないでしょうか。

彼と心でつながって一緒にガンをやっつけることではないですか。彼とお母さんだけにがんばらせるつもりなのですか。

失礼を承知で言うと、あなたはガンでもなんでもないのに今は死んだ状態です。

 

彼を孤立させてはいけません。彼は治るんですよね。

であるならば、彼が治って家に帰ってきたときに、お父さんは何もしてくれなかったと不満を言いますよ。

そして信用を無くし、勝ったと思ったガンに家族は引き裂かれたことになりますよ。

歯を食いしばって耐えろとは言いません。

嘆きながらでもいいので、逃げないで、力まないで、ここはがんばりどころですので、お父さんとしてがんばりましょうか。

きっと彼は「お父さん」を待っていると思います。お節介を言ってすいません

 

 

 

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幸い、お医者さまは時間はかかるけど治るから「一緒にがんばろうね」と言ってくださり、ご家族に少し安心の芽が出てきました。

 

 

ただ、ガンとの闘いは小さなカラダには過酷です。

元気で過ごしたかと思えば、次の日には嘔吐を繰り返して苦しんだりと、振れ幅の激しい日々を過ごしているようです。

 

 

そのたびにお母さんは、希望を見出したりあきらめかけたり、自分を責めたりの繰り返しです。

お父さんはだいぶ「受容」ができるようになったようで、自分とも向き合って息子の伴走者として、土日の休みの日はお母さんと交替して病院に泊まるようになりました。

 

 

素敵なことに病室では笑い声が聞こえるようになったそうです。

 

 

お医者さまの言葉を信じて、ガンを治すことで、家族の関係は前よりもっと良好になることだと思います。

 

 

みんな、こんなにがんばっているんですから。