南が小学3年生のときのスイミング見学のお話。
南が1級にあがり、その泳ぐ姿を見にきて欲しいとせがむので、おかーさんと3人でスイミングにでかける。
観客席のある2階にあがると、幼稚園から小学生まで100人を超す子供たちが各級に分かれて、一生懸命に泳いでいる姿が一望できる。
窓越しに南の姿をさがすよりも早く、南が私たちをみつけプールサイドから一生懸命に手を振ってくれる。まだまだかわいいなと思いつつも、私は少し恥ずかしくなり胸の前で小さく手を振る。
10級から始まって1級が一番上手な子どもたちだ。
1級の子どもたちは泳ぎに迫力があって頼もしい。
その上には選手コースもあって、真ん中のコースを使い絶え間なくクロール、平泳ぎ、背泳ぎ、バタフライの順で25mを往復してる。
誰もかれもが水を切りながらという表現がぴったりで、いとも簡単に進んでいく。
からだの芯に串でもさしたかのように中心が曲がることがない。
やっぱりスポーツは何をとっても体幹の維持が大事だということがよくわかる。
練習態度も膝に手を当てたり、きつそうなそぶりは一切見せず、無駄口をたたくこともない。
淡々した練習態度は好感が持てる。
一番手前のコースは10級コースだ。
習い始めたばかりの幼児たちが、両腕に浮き輪をつけ小さなカラダを懸命に伸ばして、くねくねしながら泳いでいる。
驚くことに10級だというのに、全員がプールの端から飛び込んでいる。
水の怖さだけでなく、飛び込む怖さを克服しなければならない。
数年後には隣で泳ぐお兄ちゃんやお姉ちゃんを目指し必死のダイブが続く。
ひとつ先のコースにはバタフライの練習をはじめたばかりの子供たち。
水泳はいかに水の抵抗を少なくし、いかにエネルギーをロスせずに効率的に速く泳ぐかというスポーツだが、見事にそれを無視して泳いでいる。
ほとんどおぼれているような姿で、いっこうに前に進まない。
そのうちにこちらも心配になる。
人生でいつ使うのだろうという意味においては、微分積分に匹敵するほどの奇妙で美しい泳法への挑戦者たちは、エネルギーを最大にロスしながらも絶対にあきらめず25mを泳ぎ切る。
これはこれで感動的なシーンだ。
バタフライの先のコースでは進級速度が早かったのか、年長くらいの小さな女の子が、小学生のお兄ちゃんやお姉ちゃんに混じり、クロールで25mを何度も何度も往復している。
大人の半分以下の身長なので成人に換算すると、倍の50mくらい泳いだことになるのだろう。
でも25mは25m。
プールから上がっても、ハンデなしで鍛えられた小さなマーメイドは息も切れていない。
水の中では凄みを感じさせる彼女も、コース脇で小学生のお姉ちゃんたちを見上げて談笑する姿を見ると、今泳いできたのはホントにこの子なの、と疑うくらい細くて小さくてかわいい。
彼女のコースはこれから進級テストが始まるらしい。
すぐに彼女の順番が来た。
何の関係もない私も緊張する。
スタートはぴったり。
きれいにうまく飛び込んだ。
ついつい勝手に前のめりになって応援してしまう。
泳ぎもキレイで乱れることなく25mを泳ぎ切る。
彼女は水から上がるや否や、コーチが手にしているストップウォッチを背伸びをしてのぞき込んでいる。
どうだったのかな。
笑顔はない。
結果がとても気になる。
かたや、子どもたちの親は観覧席で何をしているかと言うと、携帯でゲームをしている人のまあ多いこと。
ゲームをするのは子供とおとーさんだけかと思いきや、今は母親たちも一生懸命なんだそうだ。
南のおかーさんによると、母親同士でゲームの情報交換をするシーンはよく見るそうだ。
椅子にもたれてゲームに集中している親たちは、プールの方へ目を向けることは一切ない。
いつものことで飽きたのだろうか。
プールの中の子どもたちとの対比が著しい。
私が応援していた女の子が誰よりも早く着替えを終え、小走りに母親のところへ戻ってきた。
「テストはダメだったけど次は頑張るから、やめろなんて言わないで」と硬い表情で嘆願している彼女に、母親は携帯ゲームに夢中で顔を上げようともしない。
なんとけなげな。
こんな言葉を子供に言わせてはならないのにと私は憤る。
「またダメだったの? ちゃんと泳いだの? 全然上手になってなってないじゃない」
母親は携帯から目を離さず、次から次に小言を言い続ける。
その後、大きなため息をついた母親はやっとゲームを終え、はじめてマーメイドの顔をみた。
「帰ったらおとーさんにも怒ってもらわないと。さあ、行くわよ。さっさとしなさい」と言い放ち早足で歩き出す。
陸に上がったマーメイドは輝きを失い、涙を拭きながら急いで後を追う。
少し遅れて戻ってきた南は、髪からしずくを垂らしながら「あれはキツイ」とびっくりして立ちすくんでいる。
「うまい下手はあるけど、みんな頑張っているんだよ。あの子は小さいけど上手なんだよ」と納得がいかない様子。
「ばーばはあなたが楽しそうに泳いでいるのを見るだけで幸せよ。でも髪はきちんとふいて上がってきなさい」と私が言うと
「今日はばーばを待たせないように急いで来たんだよ、いつもはちゃんとやってるよ」
「いつもふけてないでしょー」南のうれしい言い訳は、おかーさんに通じず、
「毎回のことですよね」とたしなめられながら、慣れた様子で髪の毛をふいてもらっている。
悪びれる様子もない南は、ニコニコしながらタオルの隙間から私の手を取って
「ばーば、今日はありがとう。つかれなかった?」と心配してくれた。
髪ぐらいふけなくても、優しいからおかーさんに怒られないようにそっと許すわ。