南が小6の時の質問、いやグチから始まった会話です。
「体育のときにみんながダラダラやってるとリーダがしっかりしろって言われるんだよね。ダラダラやってるヤツに言えばいいじゃんて思うよ」
「リーダーだからまとめろってことでしょ」
「けど、先生たちはなんでもリーダを決めて、リーダーが怒られるからなり手がいないんだよね。リーダーミーティングとかで休み時間も取られるし。大人のリーダーって何するの?」
「トップの人よ」
「何すればいいの?」
「リーダーがしてはいけないことから言うと、できなかったことの言い訳かな」
「だから、しなければならないことは?」
「トップなんだから、チームを勝たせることと仲間を守ることと、責任を背負うことね」
「私は何も悪くありませんって答えてはいけないってことかな」
「そうよ、秘書がやったので知りませんではリーダではないのですよ」
「そんな人はリーダーにはなれないよね」
「いや、大人の世界では間違ってなってしまうことは多いわよ」
「部下が大変じゃない」
「大変なんてもんじゃないわよ」
「政治家だったらリーダーにふさわしくないから次の選挙には入れないでおこうってならないといけないよね」
「そうなのよ。秘書がやりましたって言った人リストがいるわね。学校だとリーダーじゃない立場の時にメンバーとして自分の能力をちゃんと使える人にならないとね」
「そうだよね。図書委員ではリーダーでちゃんとやるけど、体育の時は体育委員の人の足を引っ張らないようにするってことでしょ」
「そうよ、お互いが無関心ではだめなのよ」
「無関心じゃないけど相手のことを認めないことがあるよ」
「それは個性を重視しなければなりませんっていわれない?」
「そうはいわれないけど、優しくないねって言う。体育の時に運動場に広がって一か所にパって集まる練習があったんだけど、でもどうしても足の遅い子は遠くからだと時間がかかってしまうんだよね。それを早くこいって言う体育委員のヤツがいるんだよね」
「それはそれで考慮してあげないとね。あなたはそれでなんていうの」
「しょうがないだろって。頑張ってるんだからそれでいいじゃんていう」
「それでいいじゃん」
☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆
会社でトラブルが起こった際に、部下が悪いという議論に持っていこうとするリーダーがいます。
上司が部下を批判するときには「自分の教育が悪かったのですが」という枕詞は必要です。
100対0という結果を出していいのは、自動車事故における保険屋さんの査定だけです。
後ろから車にぶつかられたとして、保険上は100対0でも自分の運が悪かった普段の行いを正そうと思ったほうが事故をグチるより未来へつながると思います。
社会に出たときにこの法則を覚えておくと人から嫌われることはありません。
少しでも人より上に立つことになると、その人の分の責任が上乗せされることをわかっているねと評価されます。
そういう上司は部下を売りません。
上司がやってはいけないことは部下を売ることです。
部下の手柄をくすねる上司も最悪ですが、それ以上に最悪なの行為です。
最最悪です。
あまりに私がリーダーの責任を強く話したものだから、南はこの後「リーダーは絶対に嫌だ」とマイナス思考になってしまいました。
中学生になっても、部活のキャプテンや学校の行事のリーダーを嫌がる南におとーさんが
「勧めてくれるならやってみたらいいのに。どーしてそんなに毛嫌いするかな」と訊ねました。
私は南に目配せして「部下も上司を売ったらダメなのよ」と伝えました。
南は私の意図を理解したようで「休み時間を取られるからね」とおとーさんの追及を上手く切り抜けました。
「南は良いリーダー、いい上司になるわよ」とホメておきました。