南が小学6年生のときのこと。
「ちゃんと勉強しないとAIに仕事を奪われてしまうらしいですよって先生が言ってたけど。ちゃんとってどうやればちゃんとってことになるの?」
食欲旺盛な南とおやつのナポリタン(そう、スパゲッティがおやつなのです)を一緒に作っていた時の質問です。
「まずは、そこに注意を向いたのがエラいわね」とホメる。
「エラいのかな?。わからないだけだよ」相変わらずホメても喜びません。
南はそれよりも風に飛ばされたビニール袋を追うように、切ったそばから転がっていくソーセージに翻弄されて忙しい様子です。
私が玉ねぎを切る横で、ソーセージの回収を終えてピーマンの千切りに挑戦中の南が
「AIに仕事を奪われるってどんな仕事がなくなるのかな」
と顔を上げて訊いてきます。
手元から目を離さないように注意をした後で
「そうね、当分なくならないのは、幼稚園や学校の先生とコックさんと看護師さんと介護士のひとたちかしら」
と逆説的に答えます。
「手仕事と心が必要な仕事のひとたちだね」
「すごいわねその分析。本を読んでいるからかな」
とホメてふと横を見ると、千切りを頼んだのにもかかわらずピーマンをみじん切りにしようとしている南をあわてて止めて千切りの仕方を教えます。
ホメられているのに表情を変えずに千切りに四苦八苦している南が
「それとあとはAIを使う側の人は強いよね」
と的を得たことを言います。
☆ ☆ ☆
南は切り刻んだ野菜を炒める過程でフライパンの返しができず、コンロでガチャガチャいわせて苦戦するその音で思い出したのか
「でさ、ちゃんとした勉強ってなに?」
とフライパンの返しをあきらめ、手をとめて南が訊ねてきます。
「あら、質問を覚えていたのね」
「なに、ばーばごまかそうとしたでしょ。はいっ!!」
と言ってフライパンを私に渡します。
「いつの時代も未来なんてわからないのだから、好きなことへの没頭と努力の継続ができるような気持ちを学ぶことが、ちゃんとやるってことかしら」
お湯の中のパスタをトングで泳がせながら私もよくわからないまま、ピカソの絵のように超抽象的にこたえてみます。
「ばーばの言ってることは小学生には難しいね」
「ばーばが”ちゃん”とをちゃんと説明できないからだね」
と言いながら野菜にケチャップをかけて混ぜるよう南にうながします。
「いーよ、いーよ。雰囲気だけ覚えておくから」
と言って上部に空気が入ったままのケチャップを炒めた野菜にかけようと両手で全力を尽くし、中身を周囲にまき散らせた南は
「はははー、オナラみたいな音だったねー」
と大笑いしたあと自分のTシャツにべったりとついた赤い色を発見して愕然としています。
パスタをゆでているお湯をすくったふきんでTシャツをたたきながら
「今まで通りの勉強の苦労では価値は生み出せなくて、じゃあ時間をかけたからといってそれが身を結ぶかといったらそれも違うので勘違いしないようにしなきゃね」
と抽象化から抜け出せない私。
南が切ったピーマンと人参の不揃いな感触を確かめながらナポリタンを食べていると
「事務職がいちばんになくなるかもしれないって先生が言ってたよ。そうしたら学校の事務の先生は仕事がなくなるんだよ。かわいそうだよね」
と南が教えてくれました。
「優しいね」とまたホメると
「そうかな」と南は口の周りをオレンジだらけしながら首を傾げます。
「お皿に顔を突っ込んで食べないのよ」と注意をすると南は顔を上げて
「あっ、野球の戦略コーチはいらなくなるね。野球って戦術はいくつかのパターンにわかれるから、それを相手との相性にあてはめていけばいいだけだよ」
と妙に納得しています。
南が言うように野球のように一回一回プレーが切れるスポーツはAIを使用しやすく、
効率的で的確に瞬時に判断した戦術を監督に差し出すことができるでしょう。
それもいくつかの戦略を成功率順に並べて。
アメフトでも同様なことですね。
☆ ☆ ☆
AIがナポリタンを作れないおかげでこうやって孫とたくさんのお話ができて、たくさんの成長をみることができました。
Tシャツの洗濯とキッチンのお掃除が増えたけど。
南が言うように、ちゃんと勉強しなくてはならないってなに?という質問の答えは、
私にはあまりにも広くて深くてひと言で表現することはできません。
問題が起きたその都度その都度、ジャッジしなければならないその都度都度に頭で考えるのではなく、心が勧める方向へ足を踏み出せるような訓練のことなのかなとも思います。
私などは頭で考えることはロクでもないことばかりなので。
だからといって心が思った方向へは、頭がブレーキをかけ逡巡して足が止まることが多くあります。
わかっていても頭の支配力は強いのです。
心が強ければダイエットなんて簡単なのに。
心を頭より強くして方向感覚を失くして未来を示すことのできないくせに、未来を食べつくそうとしている大人たちに食べつくされない力を育まないといけません。
そのためには「千と千尋の神隠し」の”千”のように名前を奪われないように注意しなければなりませんね。