ひーばーちゃんが初めて入院した。
私のお姑さんである。
一軒家に住んで小さな畑を耕しながら、1人で暮らしている。
なかなかの強烈な個性を発揮する人なので、扱いが難しく友達はあまりいない。
なかなかの強烈な個性といっても抽象的でわかりにくいのだが、それはこの記事の中で嫌でも明らかになる。
「なんでかなー、ケチだよねーと」
お正月早々からひ孫たちは、ひ―ばーちゃんを口々に非難する。
「お年玉は中学校からときめている!!」と言い切るひーばーちゃんは、寄ってくるひ孫たちの希望をお正月早々から砕いてしまうのだ。
親戚や子供たちも「小さい時にもらったほうが、ありがたがって子どもはなつくもんだよ」と諭すが、ひーばーちゃんは
「昔からの私の方針だから」と頑としてきかない。
ひーばーちゃんの、長男次男が「おれたちはもらってたじゃん」と過去をばらす。
いい大人になった孫たちも「おれたちもずっともらっていたよ。それって新しいルールじゃん」と責める。
ひーばーちゃんは聞こえないふりをして黙って不機嫌になる。
少したって思い出したように
「あなたたちは特別だったのよ」
堂々とひーばーちゃんは言い返すが、理屈になっていない。
何が特別なのかは誰もわからないまま、お正月は過ぎていく。
子供たち、孫たち、ひ孫たちの共通したひ―ばーちゃんへの不満は、絶対にほめないこと。
いや、それどころかもっとがんばれ、もっと勉強しというという。
ひ孫たちが、勉強やスポーツでいい成績を収めて報告に来ると「もっと頑張りなさい、まだまだできる」とハッパをかける。
ひーばーちゃんの長男が通っていた中学校は当時マンモス校とよばれ、一学年に数百人も在籍していた。
そこで、初めて20番以内に入ったときは、今日こそ褒められるだろうと、いさんで家に帰った。
「ちょとやればこんなもんなのだから、もっとやればあなたはもっといい成績がとれるのよ、だから頑張りなさい」とクールに言われたことを今でも根に持っている。
そんなひーばーちゃんだが、先日見かけたときに、歩き方が少し変だったので、たずねると庭で少し転んだとのこと。
病院受診をすすめると「どうもないから大丈夫」と意地を張って、”どうかある”歩き方で玄関を上がっていく。
『相変わらず言うこときかんなー』と思いながら、その場で知り合いのリハビリ病院の院長に連絡する。
院長も迷惑だっただろうが、快く訪問してもらい、強がるひーばーちゃんを病院に連れて行き検査することになった。
みんな仕事中なので私一人で付き添う。
微熱があり、脱水気味だったので点滴をしてもらうことになった。
ナースコールを看護師さんからひーばーちゃんに渡されると、「あなたずっといるでしょ。これはいらないわ」と指を指される。
そりゃあ、ずっとはいるが、
『私はナースコールではないぞ、指をさしてはいけません』という思いを胸にしまいながら、
「私もトイレにいったり連絡を知たりするので、ナースコールは持っておきましょうね」と胸に置いた手の中に包みこませる。
病気の名前は大腿骨骨折。
ユーミンの「雨に消えたジョガー」のように図書館で調べる必要もないので、冷たいいすに座ることはないが、これはちょっとコトだ。
歩かない → ホルモンが出ない → 骨ができない → 骨粗しょう症 →足腰が弱る→ 転ぶ → 入院の連鎖にはまる。
悪魔のルーチンは認知機能をズルズルと下げる。
骨折とわかったにもかかわらず、ひーばーちゃんは家に帰ろうとする。
院長が制して、稚魚がバケツから川に放流される感じで無事入院を果たす。
看護師さんに車イスを押してもらいながら別れ際に、
「明日、ジョン・レノンとスティーブ・マックイーンの額に入ったポスターを持って来てね、ある場所わかるでしょ」と頼まれる。
そりゃ、わかりますよ、わかるけど………………、入院時の最優先荷物がポスターって。
別れ際なので、「今日はありがとう」という言葉が返ってくると思っていた私がまだまだ甘かったことを反省する。
このことを長男次男に話すと、途端に「なにがジョン・レノンだ」と怒りだすことは間違いない。
「絶対にもっていかなくていい」というハードな話になることは決定的である。
明日の私のミッションはみんなが仕事に出かけた後に、大きな紙袋に入れてこっそりと運び出すこと。
「なんて一日だ!!」とグチっている場合ではない。
夕方の病院を出ると、いつの間にか外は雨に変わっていた。
人はこうやってグレて酒におぼれていくのだ。
数日前に、車のハードディスクには雨の曲をたくさん入れておいたので、Bruce HornsbyのMandlin Rainを聴きながら帰路につく。
きれいな曲で少し心が落ち着く。
☆ ☆ ☆
兄弟が集まって、退院後のことを相談をする。
お嫁さんたちは、ひーばーちゃんが帰ってきたときのことを考え、部屋の片づけや冷蔵庫の整理をしている。
伏魔殿に手を入れるのは初めての試み。
全員がそこに潜んでいたみてはいけないものを発見する。
(つづく)