南が6年生のとき。
なんでもまずやってみりゃあいいんだよ。
なんにもしねーやつは文句ばかり言う。
さいていだよ。
と、南がおやつの小さなおにぎりをバクバク食べながらめずらしくグチをこぼす。
いつものようにその先を説明しようとはしない。
話してくれないかなと期待しつつ、『そうね、あなたの言う通りよ』と思いながらも、何があったかはたずねはしない。
もう、6年生なのでそーっとしておく。
食べ終わる間もなく
「ばーば、メダカの水替えするから手伝って」
と言い放ち、やおら庭に出ていった。
南のお皿を片づけた後、しばらくして私も庭へ出ていく。
☆ ☆ ☆
南は水替えなどせずに、ピンクのアウトドア用の小さな椅子に大きくなった背中を丸めてちょこんと座り、水槽の中のメダカをしばし見ている。
「ばーば、おとーさんはオレの事を結構メンタルが強いと思っているかもしれないけど、実はそうでもないんだよ。オレだって傷つくときは傷つくんだよ。それも、ちょっとしたことでね」
スリッパの音に気づき、背中を向けたまま南が打ち明ける。
「おとーさんにそれとなく言っておこうか」
「いや、オレの問題だからいいよ。ありがとうばーば、大丈夫」
いつもの笑顔で南が振り向く。
南は吹っ切れたように「さあ、やるか」と言って立ち上がり、やおら水替えの準備に取りかかる。
☆ ☆ ☆
オレの問題といえる彼の成長に驚く。
今日の彼はクールでなかなかかっこいい。
普段は、そういった姿をほとんど見せず、太陽をエネルギーとして生きているかのように屈託がない。
急な大人びた態度にはドキッとする。
「傷つくときは傷つく」って強がらずに正直なところも素敵。
でも、「オレの問題だ」って引き受けられる肝の座り方は男の子として十分合格点。
きっと振り回されないように彼は彼なりにたくさん考えて、むやみに怒らず優しくあろうとしているようだ。
それでも相容れないものは相容れない。
理解できないものは無理に理解しようとしなくていいと思う。
今見えるものを軽蔑せずにしっかり見ておきなさい。
充分にあなたは俊敏なのだから。
そんなことを考えながら、水を抜いた水槽に、日光に当てておいたバケツの水を返そうとしていると、ホースを巻き取っていた手を止めて南が横からすっとバケツに手をかけた。
「ばーば、いーよ、重いからオレがやるよ」
と言いながら、さらっとバケツを受け取り、静かに静かに水を足していく。
野球で黒く妬けた二の腕の筋肉が盛り上がってたくましい。
昼間に、薬局でマスク一個を手にレジまであと数歩となったところに、横から走って滑り込んできたおばちゃんのこと(今度絶対に書く)なんか、いつしか忘れてほれぼれしてその姿を見ている。
やっと、おいしい夕飯が作れそうな気がしてきた。