知り合いの魚やさんに生ワカメを頂いた。
海の中はもう春だ。
日持ちしないのでさっそく調理をしようとしたが、南は生ワカメをみたことがあるのだろうかと思いつつ帰りを待つ。
数時間後、元気に帰宅した南がシャワーから出てくるのを今か今かと待つ。
いつものようにしっかり拭けていない頭からしずくとともに、「腹減ったー」と叫びながら、できたてのご飯で握ったノリで巻いただけのおにぎりをつかみにくる。
「もう、頭まだ濡れてるって。どうしてこう毎度いわれるのに、髪の毛をふかないかなー」
と嘆きながら彼の頭をごしごし拭く。
彼はタオルの間で「うまいねー」としきりにいいながら、おにぎりをほうばるのをやめようとしない。
頭を拭きながらそのままキッチンに誘導して、生ワカメをみせる。
「げっ、ワカメ腐ってんじゃん。どーしたのこれ、賞味期限切れ?」
南は、キッチンにドサッと置かれたワカメを見ると同時に、おにぎりをほうばる手を止めて驚く。
ワカメと認識はできたのでよしとする。
「とれたてよ」
「茶色じゃん」
「去年、海に潜った時にワカメ見なかったの」
「おとーさんと魚を突いてたから見てない」
「海の中のワカメは茶色なのよ。さらに新鮮なワカメはネバネバしていないのよ。さわってごらん」
「ほんとだ。ツルツルしてるね」
「生ワカメといって、春先から採れる貴重なのもので、ばーばの心のようにすぐに痛んじゃうの。これから調理するから手伝ってくれる」
「ちょっと何言ってるかわかんないけど、うん、いーよ」
南は突然の頼み事に対しても、全く嫌な顔一つしないですぐに動いてくれる。
だから、普段はむやみに頼み事をしないようにしている。
☆ ☆ ☆
「鍋にたっぷりのお湯をわかして、ワカメを入れて緑色になったらすぐに取り出すのよ」
細かい事は言わないでおく。
南は、ゴソゴソと少し大きめの灰色の鍋を引っ張り出して「これでいいかな?」と聞いてくる。
「ワカメの大きさと比較して、南がそれでいいと思うならいいわよ」と答える。
ワカメを見ながら首をかしげてしばし考えたあと、
「ばーば、これでいいよ」といって、水をはりコンロに移す。
6年生にしてはたくましい、彼の首筋と二の腕にほれぼれして、水でいっぱいの鍋を持ち上げる時に盛り上がる筋肉を眺めながら、「ばーばには重たいから助かるわー」とほめちぎる。
そのうちにお湯が沸く。
塩を入れながら
「ワカメを入れる役とお湯から出す役はどっちがいい?」とたずねる。
「そりゃ、入れる方でしょう」
「え、なぜ?」
「オレが取り出すと、きっとお湯が飛び散って、ばーばが危ないと思うんだよね」
「そうね、その自信はどうかと思うけど、今度また覚えましょう。ワカメを十分水ですすいで絞ったら、一本ずつ渡してね」
と言って南の作業を見届ける。
手間取るだろうと思っていたら、そうでもなく思った以上に手際が良く、リズミカルにワカメを渡してくれる。
緑色に変色したワカメを次々と木でできた、大きめのザルに取ってお湯を切っていく。
鍋の中でワカメが茶色から鮮やかな緑に変わる瞬間ごとに、南は「おー、すげー」と声を上げる。
☆ ☆ ☆
南に、ザルにあがったワカメを味噌汁用と酢味噌和え用に適当に切ってと頼む。
「うんわかったよ」
軽い返事はいいのだけれど、一切れ20㎝を越す長さに切って満足している南。
いやいや、どうしたら味噌汁の具がこんなに大きくなるのか、その理由を知りたいが、そこはぐっと我慢して、そうめんではないのだからと、やり直しを命じる。
何とか体裁がついたところで、南が
「シーフードって調理すると、食べても安全ですよっていう色になったり、貝はどうぞ食べていいですよって開いてしまうよね。まるで食べられることが前提になっているみたいだね」と言った。
「そうね、考えたこともなかったわ。でも、あなたは前提って言葉知ってるのね」
「オレも考えたわけではなく、そう思っただけだよ」
といいながら、いつものストレッチを始めた。
☆ ☆ ☆
ワカメを茹でるときは、Otis Rushかなと思い「Right Place,Wrong Time」のアルバムをかけながら作業をしました。
いや、本音を言うと南のおとーさんが最近は何を血迷ったか、南にPlattersやらKissやQueenを聞かせているので、私はそろそろブルースの種を南にも少しずつつけていこうと思って。
あらゆるジャンルの音楽を勝手に放り込まれる南はどんな気分なのでしょうか。
南に「Otis Rushわからなかったでしょ」と聞いたら
「うん、あんまりよくわからないけど、この人ってきっと優しいと思うよ」
といった感想でした。
その理由をどうしてそう思うのとは聞きませんでした。
きっと、彼は「そう感じたから」とだけ答えると思うので。
RIght Place,Wrong Time / Otis Rush('76)
11回も日本に来ています。ギタリストとしては当然ながら、ボーカリストとしてのOtis Rushを高く評価し、師と仰ぐ近藤房之介の歌い方は、ビブラートのかけ方などそっくりです。名盤と言われています。
私に取っては、熱狂的にではなく静かに耳を傾ける、1日聞いていても飽きないアルバムの一つです。