がんばれという言葉には際限がない。
どこまでがんばればいいのと言われたら返す言葉がない。
病気の人にがんばれとはとても言えない。
治療がスタートしたり手術の時はがんばってねでいいけれど、
今は、「よくがんばっているね」でいいのではないか。
南のお友だちが脳腫瘍になり入院し、手術をしました。
今は放射線治療が始まりっています。
今度、調子のいい日にビデオで通話をするようです。
その際、どのように声をかけたらいいのかを話し合った結果が
「よくがんばってるね」です。
彼の治療はまだまだ続きます。
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小学校低学年から、複数のスポーツを習い、塾にピアノにと休む日もなく、習い事三昧だった彼にはお母さんが毎日つき添っています。
最初の異変は、1年ほど前です。
塾に行くと吐き気がすると時々言うけれど、勉強したくないただの言い訳だと思う、困ったものだ、という彼のお母さんの悩みを、南のおかーさんが教えてくれました。
その時は、それだけ詰め込んでよく文句言わないし、よくこなすことができるわね、と塾には興味もなく、野球しかやっていない南とのあまりのちがいに驚くばかりでした。
しかし、時間とともにだんだんとピアノもやる気が失せてきて、野球も全然打てなくなり、家での叱咤は彼の精神的な幼さに言及するようになりました。
あるとき野球の練習を見学しに行った、南のおとーさんが、
「バッティングのフォームが急に、それもだいぶ狂っているんだけど、フィジカルの問題であーはならないと思う。何がそうさせているのかがわからない。でも普通ではない何かがおかしい軸のぶれ方なんだよね」と、気になる様子で南のおかーさんに話していました。
その話を聞いて、彼の頭痛が頭の片隅にあった南のおかーさんは、看護師の感が働いたのか、すぐさま彼のお母さんに電話をして、念のために安心のために何もないと思うけれど、一度頭の中を診てもらったほうがいいと思うよと進言していました。
普段は他人のことには頭を突っ込まないおかーさんにしては、行動が素早いねとみんなで驚いたと同時に心配性だなと揶揄していました。
その結果がまさかの脳腫瘍。
告知直後、彼の家族は当然、心の整理がつきません。
彼のお母さんは、私は何に焦っていたんだろう、自分のせいだと激しく自分を責めます。五体満足で生まれてきたことにあんなに感謝したのに、それでは飽き足らず、あれもこれも押しつけてきた自分のせいだと慟哭します。
「泣きたいときは我慢せずに泣いていいのよ」と、南のおかーさんが励ましていました。
おじいちゃんはそんな娘を見てどう接していいか、声のかけ方すらわからないと憔悴されています。
お父さんは「なんでうちの子だけがこんな目に」「オレは何も悪いことはしていない」と荒れて鬱になっていきました。
ガンが家族を精神的に追い詰めます。
私たち家族は「大変ですね、おつらいですね」としか声をかけることができません。
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あるとき、南のおとーさんが、彼のお父さんのあまりのだらしなさに業を煮やし、思い切ってこう言いました。
落ち込むのも泣くのもいいと思います。今は思い切り落ちこんで、思い切り泣くことがご両親の心を落ち着かせることなのであればそうしていてください。
私はその気持ちを押し計る程度でしかわかりません。
しかし、事実として彼は病室であきらめることなく闘っています。
ただ、一人で闘うにはあまりにも相手が大きすぎますし、彼はあまりにも小さすぎます。それを助けるのは医者でもなく、だれでもない、お父さんやお母さんではないのですか。
なにかを恨んでグズグズしているのもいいですけど、それでは彼は助かりません。
今できることは、放射線治療に耐えてがんばっている彼に伴走してあげることではないでしょうか。
彼と心でつながって一緒にガンをやっつけることではないですか。彼とお母さんだけにがんばらせるつもりなのですか。
失礼を承知で言うと、あなたはガンでもなんでもないのに今は死んだ状態です。
彼を孤立させてはいけません。彼は治るんですよね。
であるならば、彼が治って家に帰ってきたときに、お父さんは何もしてくれなかったと不満を言いますよ。
そして信用を無くし、勝ったと思ったガンに家族は引き裂かれたことになりますよ。
歯を食いしばって耐えろとは言いません。
嘆きながらでもいいので、逃げないで、力まないで、ここはがんばりどころですので、お父さんとしてがんばりましょうか。
きっと彼は「お父さん」を待っていると思います。お節介を言ってすいません。
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幸い、お医者さまは時間はかかるけど治るから「一緒にがんばろうね」と言ってくださり、ご家族に少し安心の芽が出てきました。
ただ、ガンとの闘いは小さなカラダには過酷です。
元気で過ごしたかと思えば、次の日には嘔吐を繰り返して苦しんだりと、振れ幅の激しい日々を過ごしているようです。
そのたびにお母さんは、希望を見出したりあきらめかけたり、自分を責めたりの繰り返しです。
お父さんはだいぶ「受容」ができるようになったようで、自分とも向き合って息子の伴走者として、土日の休みの日はお母さんと交替して病院に泊まるようになりました。
素敵なことに病室では笑い声が聞こえるようになったそうです。
お医者さまの言葉を信じて、ガンを治すことで、家族の関係は前よりもっと良好になることだと思います。
みんな、こんなにがんばっているんですから。