「今日も生きている」といって朝起きるお友だちがいます。
とても元気な60代なので朝起きることが当たり前なはずなのに。
そして、今日できる事を、できる分だけ取り組むと言います。
やるべきことが片付いていく様子が楽しいのだそうです。
今日できる事をできる分って、とても難しい。
今日しなきゃいけないことは後回し、今日できる事は明日でもいいかと思う私にとっては。
彼女はとても集中力があるのでしょう。
インターネットで検索をかける時、途中であらぬ方向に行かないタイプです。
私は、検索途中で気になることがあれば、そちらに飛び、またそこから飛び、どんどん飛んで本来の目的に達するのに15分以上かかるなんてことはザラです。
何をしていたのか分からなくなるときもあります。
良く言えば、好奇心旺盛。
悪く言えば、集中力の欠如。
できる事をもデキナクしてしまう私は、世界は陰陽でできているのを言い訳にして、欠点を振り返りもせずに日々進みます。
言い訳が長くなりました。
彼女に話を戻します。
ふわふわした雰囲気の彼女は、人と人の上下関係には頓着がありません。
だれにでも親しく緊張感なく話すことができます。
ふわふわした波長で会話をするので、エリート感丸出しの人からは初対面で結構バカにされたりしますが、一向に気にするそぶりはありません。
彼女が怒ったり、憤ったりする姿をみたことがありません。
いつもふわふわと落ち着いています。
よく本を読んでいます。
今は「三四郎」を読み返しているそうです。
そんな彼女があるとき
「高校生の孫の受験勉強を押し付けられて教えているけど数学は難しい」とグチるので、
「高校生の勉強がわかるなんてすごいね」と感心すると、
「誰にも言ってないけど、一応中学、高校での成績はずっと1番だったからね」
と恥ずかしそうに教えてくれました。
相手にこだわりを持たずに、まわりをコントロールしようとせず、自分のことをお仕着せることもなく、自然と自分の身の丈に合った行動をとる彼女を、私はこっそり尊敬しています。
☆ ☆ ☆
市長だろうが、大会社の社長だろうが臆せずにしゃべることのできる彼女にも唯一苦手なものがあります。
カブトムシです。
彼女が小学生の時に、弟が部屋の中で飼っていたオスのカブトムシの蛹が羽化して、食事中にテーブルの上の電気にあたってポトリと彼女の皿の上に落ちたときは、ゴキブリと勘違いして絶叫したそうです。
いや、ゴキブリじゃなくてもダメでしょう。
その瞬間から彼女の中でカブトムシとゴキブリは、ツノの有る無し以外は何ら変わるものではない。
特にメスはほぼ同一、と不幸にも間違った刷り込みをされました。
そのとき皿の上には大好きなハヤシライス。
それ以来、彼女はハヤシライスは嫌いではないけど口にすることが出来なくなりました。
「告白された女子が『嫌いではないけど付き合う対象ではない』といって断る感覚?」と聞いたら。
「それとは違って、ハヤシライスがカブトムシの付録みたいになったの」と誌的に表現していました。
「私にとってカブトムシはテロリストなの」
彼女は顔をしかめます。
「トップオブ害虫」であるゴキブリと同じレベルにひき下ろされた、「永遠のトップオブ昆虫アイドル」のカブトムシの蛹たちは、ぞの日のうちに弟の涙とともに庭に出されることになりました。
この話を南にしてみると、
「ゴキブリにしてみれば、あんなノロマなヤツは仲間じゃないと言うだろうけど、カブトムシにしてみれば身分の差をわきまえろっていいたいんじゃないのかな」
と笑いながら言いえて妙な分析をしていました。
虚栄がなく、常に独自である彼女の苦手なものが、この夏私の手のひらを歩いていたかと思うとどこかホッとして、より彼女に対して親近感が増すものです。