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ばーばと南 + Run&Music

Run & Music / 「 静かなまぼろし 」('78)沢田研二・松任谷由実 ~ 一瞬の情景描写で昔の彼への想いを切りとって見せるユーミンの真骨頂。

風がとても強かったので帽子を目深にかぶって6kmを走った。

そんな天候でも、鳥や虫たちは春のこの時を待っていたかのように活発だ。

小さな花たちは風に大きく揺れながらも、春のあたたかさにうれしさを隠しきれずその気持ちを咲かせて虫たちを誘う。

そんな素直で抱擁力のある自然に励まされながら、木々に囲まれた遊歩道の木漏れ日の中を心地よく走る走る。

 

 

☆  ☆  ☆

 

今日は4km過ぎでかかったこの1曲のみをご紹介。

結婚して松任谷由実となった後に出された2枚目のアルバム「流線形 ’80」に収められた曲だが、元はといえば沢田研二に書き下ろしたもの。

彼の歌声はとてもきれいで柔らかく澄んでいて、かつ優しいので女性目線のこの曲でも違和感がない。

 

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「静かなまぼろしは、まるでドラマの中の1シーンを切り取ったかのような、松任谷由実が”ユーミン”足り得る曲。

印象派の技巧をベースにした、巧みでシンプルな情景描写は、突然現れた昔の彼に寄せる心の内を鮮やかに切りとってみせる。

 

以外にも、ユーミンは昔の彼に寄せる想いの詞をたくさんリリースしている。

代表的なものは

 

 ・海を見ていた午後

 ・卒業写真

 ・雨のステイション

 ・魔法の鏡

 ・航海日誌

 ・青いエアメール 

 ・冷たい雨

 ・真珠のピアス

 ・DESTINY

 ・悲しいほどお天気

 ・夕闇をひとり 

 ・5cmの向こう岸

 

などなど、書き足りないほど。

 

 

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☆  ☆  ☆

 

 

通りのドアが開き 雑踏が迷い込む
そのときまぼろしを見てる気がした

 

 ・まるでカイユボットの絵を見ているようだ。

  一瞬の出来事だが、情報は満載で一気に歌の世界へ引き込まれる。

  お店のドアが開いただけでなく「雑踏が迷い込む」と店内の音の大きな変化を、こ

  んな素なことばで表現するなんて

  今の彼と食事を過ごしている何気ないひと時から、すっと心が波立つ瞬間を表現し 

  ているだけでなく、彼女の目線の動きや顔の表情さえうかがい知れる。

  私は彼女は今の彼と一緒に食事をしているのだと思う。

  その方がこの後の展開がドラマチックになるから。

 

  お店では男の人は女性を奥に座らせるのよ、というマナーがわかってない人をよく

  見かけるが、彼女はドアに向かった奥の椅子に座っていることがわかる。

  女性を奥の位置へ案内できる今の彼は、清潔感があり感じのいい人なのだろう。

  しかしここでは、そのしっかりさが彼女にとってはアダとなる。

  

小走りのシルエット ガラスを押して
あなたが店に入ってきた

 ・封じ込めていた想いが一気に動き出すシーン。

  昔の彼女の存在には気づかず、小走りに今の彼女の下へと急ぐ彼。

  彼の今の心情を「小走り」ということばで言い切るすごさ。

  そこで彼女と昔の彼の心のコントラストが浮き彫りになる。

  ユーミンはこのように、一言で状況をスパッと言い表す言葉の選びかたが巧みだ。

  「時のないホテル」での”イスラエルの文字”なども絶妙な使いかた。

 

もしも微笑み この席で向き合えば

時は戻ってしまうの遠い日に

 ・「もしも」なんて耽溺の想いにふけりながらも、大人の彼女の葛藤は排他と揺ぎな 

  さの間で揺れる。

  

全てを分かち合い 歩いた二人が

今では柱越しの別のテーブル

誰かとメニューを選ぶささやき

振り向く勇気がなかった

 ・テーブルの距離が近い分、彼との心の距離の遠さが余計に際立つ。

  振り向きたい想いを、声をかけたい想いを必死にとどめないと、振り向いたが最 

  後、何も知らずに目の前に座っている今の彼への想いが冷めていくことが怖いか

  ら。

 

会わない日々を言いつくす言葉など

もういらないの気づかずいてほしい

 ・終わった恋への未練を断ち切ろうとしている彼女。

  だから、彼にも「気づかないでね」といういたいけな願いを送る。

 

昔の恋をなつかしく思うのは

今の自分が幸せだからこそ

もう忘れて

 ・過去に戻ることのないよう懸命に自分に言い聞かせている。

  昔の彼との日々に届いてすらいない今の恋愛をなんとか悟ろうとする、切ない彼女

  の心情を見事に描いている。

 

 

 ・彼がここにいることは現実。

  でも、彼との過去、そして彼への想いを現実には戻せない。

  お互い未来へ向かって歩き出しているので、戻してはいけないのだ。

  だから、「静かなまぼろし」としてなら……。

 

 

この10年後、ユーミンはアルバムでもライブでも、ファンを見たことのない世界へ連れていくようになるのだが、デビューから80年代までの彼女が紡ぎだす音楽は、聞き手が可視化して同化できる歌が多い。

この作品も同様で、こんな想いを抱いて彼氏とデートしたことがあるでしょ、とささやいているような気がする。

 

 

こういう風に、女性は生理的にも精神的にもガマン強く複雑で、理論では説明できない生態をもっているので、男性は侮ったり雑に扱うと痛い目に合うのですよ。

 

 

最後の「もう忘れて」沢田研二のバージョンや他のカバーには入っていない。

ユーミンにしては饒舌すぎた感じ。

勇み足。

 

 

☆  ☆  ☆

 

話しは違うが、

ヒデとロザンナの「さらば愛の季節('77)(作詞:橋本淳,作曲:東海林修)」のラストでロザンナも「ひろし~」と叫ぶ。

最後に恥ずかしげもなくひと言入れるのは、この頃の気分だったのかな。

後にサーカスがカバーするが、最後の「ひろし~」は入っていない。

とってもいい曲なので、今度ご紹介を。

 

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