廊下の大きなガラスの真ん中から射線状にひびが入っている。
そのガラスの前で説明を聞き終えた南のおとーさんが
「すいませんでした。弁償します」
といって校長先生に頭を下げる。
中1の南が、中2の男子の喉を右手でつかんで持ち上げガラスにカラダを押しつけたのだ。
☆ ☆ ☆
南が登校するとクラスのバスケ部の友達から、部活の帰りに中2の不良たちから何度となくからまれ、お金を取られて困っていると相談があった。
詳細を聞いた南は、金を巻き上げた生徒の教室へ走る。
そのまま2年の教室に入って行き、椅子に座っていた3人の犯人を順番に問いただす。
「金をとったのはお前か。返せば許す」と南。
「なんの話をしてんだ」
「知らねーよ」
2人ともらちが明かない。
「知らねーって言ってんだろーが。なんだお前」とリーダー格が凄む。
「お前がやったんだろ」南も声を荒げる。
「知らねーっていってんだろ。殺すぞ」
と言いながらリーダー格が南につかみかかろうとすしてきた。
その瞬間に南はリーダー格に足払いをかけ、倒れた彼の髪の毛をちぎれんばかりに引っ張り上げた後、背中を足で踏んで顔を床にこすりつけ動きを止める。
そのまま机と椅子を蹴散らしながら廊下に引きずり出し、右手で喉をつかんで空中に釣り上げ「金をかえせば降ろす」と大きな窓ガラスにひびが入るほど相手を押しつける。
2年生の廊下は人だかりと悲鳴で大騒ぎとなり、先生たちがかけつける。
先生たち数人で、南をはがそうとするが力が強くてびくともしない。
数人がかりで南の手をやっと離すと、崩れ落ちたその子の首には赤くくっきりと南の手形がついていた。
「とった金返せ」と南が顔を近づける。
中2の不良グループのリーダーは喉を押さえながらせき込み、ただ泣くばかりだ。
「返すのかって聞いてるだろ」
彼の髪の毛をつかんで頭をおこし、再度つかみかかろうとする南を先生たちは背中から横から前から抑えにかかる。
☆ ☆ ☆
先生からの電話を受けて、南のおとーさんもおかーさんも仕事の途中で学校に駆け付ける。
先に手を出してきたのは向こうであること、事に及んだ動機が友達を思ってのこと、学校が手に負えなかった不良グループがおかげで静かになったことの3点で、お咎めなしとなった。ただ、ガラスは弁償してほしいとの頼まれた。
先方のご両親には学校側が説明を行い、その際に痛く反省しておられたので家庭同士が接触する必要はないということで話は終わった。
喉に赤く着いた手の形も不問にされた。
最後に「南君は力が強いですね」なかなか離れなくて苦労しましたと、先生たちから言われて、おとーさんも、おかーさんもどう返していいか困ってしまい、とにかく「すいません」と何度も頭を下げて帰ってきたようだ。
☆☆☆
「きょうはすいませんでした。ガラス代はオレがお小遣いで弁償するよ」
しおらしく帰宅した南に
「家庭でもお咎めなしだけど、そうはいってもお前はデカいし力もあるから、ケンカをするときは力の使いかたに気をつけなさい」
とおとーさんが注意をする。
南は175㎝、足は29㎝、胸板も厚く手もグローブのように太くて大きい。
相手は2年生というだけでカラダの大きさは全くちがったようだ。
話を聞いた私も、本当に気をつけないともし先方にケガでもさせたり、相手が刃物や武器を持っていた時のことを考えると内心穏やかでなかった。
しかし、帰宅した南の顔を見ると「よくやったわね。えらいわよ」と手放しでほめてしまう。
おとーさんが、
「きょうはハードランディングで解決し経験を積んだので、そのうちだんだんとソフトランディングを覚えるといいよ」と南を諭しています。
おかーさんは
「今日の事はもうしょうがないけれど、なるべくケンカはしないように」と釘を刺します。
☆☆☆
その後、不良3人は学校で会うと、「南さん」とさんづけで呼んで頭を下げてくるらしい。
南は「おう」と返すだけだよと涼しい。
「相手は2年生なんだから、他に言いようがないの?」とおかーさんが聞くと
「いいんだよ、あいつらはあれで」と全く気にする様子ではない。
いつのまにこんなにたくましくなったのかしらと思っていると、ばーば成長痛でスネが痛いと言って、ソファに座っている私の膝に頭をのせてくる。
「言ってもわかるヤツらじゃなかったからね」
幼稚園の頃は泣いてばかりいたのに、いつのまにか、そんなことを言えるようになったんだと感心するも、ケンカはやっぱり心配します。