i-class collection

ばーばと南 + Run&Music

ヘディングを真上に飛ぶ人とは、おつきあいできません!!

といわれて、ユキナリはふられたんだよ。

 

 

南は最近、帰ってくるなり玄関先で今日あったことを話し出す。

 

 

 

シャワーを浴びて濡れた髪の毛を片手で拭きながら

「言い方がひどくない?」

といいながら、空いた方の大きな手でおにぎりをほうばっている。

 

 

 

 

ばーばはわかる気がする。

ユキナリ君には悪いけど、ばーばもそう思うタイプだから。

 

 

☆ ☆ ☆

 

 

私の中学校時代はまだJリーグはなく、サッカー人気は低迷中だった。

それでも日本中で静岡だけがブラジルに敬意を持ち、大人から子どもまで(決して子どもから大人までではない)の全世代でサッカーを真剣に過激にやっていた。

 

スポーツ店に行けば、店舗面積の8割はサッカーに関する売り場で世界中のメーカーが揃っている。

その他のスポーツ道具は残りのスペースに、置いてあげる風で陳列してある。

 

 

練習開始時にコーチが仕事で遅れても、元サッカー経験者や今でも現役の親ばかりなので、なんら困ることはなかった。

 

 

 

 

 

その中でも、私が住んでいたのは静岡の中でも圧倒的にクレイジーな地域だった。

 

当時強豪だった国見高校(長崎)の蹴って走りまわってパワーで押しまくるサッカーを正当なサッカーとして認めず「パスサッカーのみがサッカーである」との片寄った考えを持つ大人たちは、春夏の甲子園にはまったく興味を示すことがなかった。

 

 

スーパーのレジのおばちゃんからして、地域の少年団や地元の高校の戦績に一喜一憂し、パスサッカーの戦術を語った。

 

 

そのような土壌の中からカズや隣町にいた小野伸二沢登や名波や川口能活らがはばたいた。

 

 

毒気を抜くワクチンはない。

 

 

感染力の強いその熱は子どもに伝播するので、女子たちにとってサッカーをやっていない男子は恋愛対象とはならなかった。

 

 

男子たるものサッカーをやるべし、といった風土の中で、サッカー部以外の子と付き合うのは至難の業だ。

 

 

「彼は野球部でこの間優勝したの」みたいな話を絶対に父親の前でしてはならない。

家族同士は断絶し

「大谷君、あなたはどうして野球部なの?」と二階の窓から月に嘆くしか術はない。

 

 

そもそもサッカー以外での優勝なんてなんの価値もないと思っているし、野球はサッカー人口を奪う悪のスポーツだとして思って勝手にダースベーダのように敵視していた。

 

 

 

もちろん女子ばかりの家でも、おとーさんのサッカーボールが家に1個はあったので、バスケットをやっていた私でも小学生でリフティングは200回できた。

 

となりのおじいさんは、頭でリフティングしながら30メートルほど歩いて見せて、みんなの悲鳴とともにバス停にぶつかり血だらけになって、病院に運ばれたが髪の毛がハゲるという理由で縫合拒否をし、おばーさんに怒らながら再度病院に連れもどされ7針縫った。

 

 

そんな片寄った育ちかたをしたので、この年齢になってもヘディングができないなんて論外だ、といびつに思ってしまう。

 

 

☆ ☆ ☆

 

 

「マサイ族みたいなジャンプ力で上にヘディングできたら、結果は違ってたかもね」

追加のおにぎりを握って南に渡す。

           

 

「入れたらクラスマッチの優勝が決まるところだったんだけど、どフリーであれだったんだよね」

 

 

 

きっとはずしかたの問題というより、優勝のかかった決定的な場面での勝負弱さが彼女の逆鱗に触れたんだろう。

 

 

きっと、彼女のご両親かおじいさんかおばあさんかその遠い祖先には、静岡の血が入っているはずだ。