代表的な習い事の一つに水泳があります。
プログラム入れ替え時の駐車場は送迎の車で大混雑します。
出ていく車とタイミングを合わせ、速やかに駐車しなければなりません。
ヘタに何度も切り返しなどしようものなら、
待っている後ろの車のイラつきが、ただでさえ殺伐としている駐車場全体に広がります。
バタフライ効果です。
私はそれが嫌で、孫の送迎を頼まれたときは混雑に合わないよう、早めに出かけて駐車場を確保するようにしていました。
ある日の夕方、いつにも増して混雑している駐車場での出来事です。
バックで駐車しようとモタモタしている車の隙をついて、後から来た車が前方からスッと駐車してしまいました。
いくらモタモタしていたとしてもそれは、だめです。
反則です。
やられたほうの運転手が車から降りてきて文句を言い始めます。
70歳前半と思われるおじいさんです。
非紳士的行為で横から入ってきた車からも、歳の頃が同じおじいさんが臨戦態勢で降りて来ます。
「バックで入れてたのが見えないのか!!」
「お前がトロトロしてるからだろう!!」
どちらも主張が強くて、譲りません。
あげたてを振り下ろす場所を誰かが提供しないと、お互い相容れるところはみつかりません。
子どもたちが出てくる前にやめさせないと、と私は心配します。
討論や主張の言い合いが行き詰ると、だいたいお互いの容姿や人格否定がはじまりますが、二人のおじいさんも例にもれず。
「おまえ、なんだ!!。お前はハゲのくせに!!」
「なにー、お前がハゲだろうが!!」
「お前こそハゲだ!!!」
「うるさい、ハゲが!!!」
「だまれハゲ!!!!!」
もう論点は、どっちがハゲなのかに移ってしまいました。
そうしている間にも車はどんどん増えて入口まで渋滞を作ってしまっています。
「いい大人がケンカはやめなさい」と叫びながら、スイミング・コーチの中で一番元気も体格もいいおばちゃんが、水着のままでスリッパをひっかけながら走ってきました。
「どうしましたか」とたずねます。
「このハゲが、駐車しようとしたら横から入ってきたから……」
「いや、お前がハゲだろう」
「こいつがハゲでしょう」
その時のコーチのおばちゃんは胸のすくような裁きを披露しました。
恰幅の良さそのままに
「どっちもどっちですので、ハゲでもめないでください。みんなが迷惑しているし、子どもの前でケンカをするなら出入り禁止にします。まずは車を進めなさい。その後で話をしたいならば私が聞きます」
といって二人を車に乗るように促しました。
スパッとした物言いに、面白がってみていた人の輪からは拍手がおこりました。
二人をすみやかに動かせたのは、「どっちもどっちです」というたった9文字の決めゼリフでした。
☆☆☆
翌週から駐車場に誘導員が雇われました。
この人もしわだらけで真っ黒な顔をした高齢のおじいちゃんなのですが、なかなかなすぐれた誘導技術です。
テキパキと車をさばいていきます。
とはなりません。
こういう現場は初めてなのか、大パニックの中での誘導は用をなしません。
車の窓を開けて、おかーさんたちから文句を言われたりもしていました。
きっとだれかが苦情を入れたのでしょう、いつからか姿が消えました。
私は、誘導員のおじいちゃんが笑顔で子どもたちへ声を掛ける様子や、送迎者への挨拶を欠かさない仕事ぶりが好きだったので、ミスだらけの誘導をほほえましく見ていたのですが、許せない人は許せないのでしょうね。
誘導員のおじいちゃんも必要だから仕事をしているのです。
みんなが協力してあげれば、時間はかかってもミスをしながらでも慣れていくだろうと感じていました。
そうなれば、その人の明るさで、殺伐とした駐車場問題は解決したのにと思います。
ニコニコして子どもたちの目線に合わせてハイタッチするおじいちゃんの姿を見ることができないのは残念でなりません。
組織には、はっきりモノを言うおばちゃんもこんな人も必要だと思うのです。