①一流のモデル
②プライドを勘違いしている男たちから、正当にお金を稼ぐ
③一番になれる人を支える人
将来の夢を3つ書きなさいという授業で、学年でも10番以内に入る学力の女の子が書いた夢だ。
先生の評価は、②はあまりすすめしないとのこと。
先生の立場からすればそうだろう。
そういわれた彼女は
「先生のアドバイスはありがたいのですが、私の未来は自分で決めます。そのために今日を過ごしているのです」
ときっぱりと言った。
少し茶色がかった肩まである髪はリンスのコマーシャルに出てくるように一本一本がサラサラで、13歳にしてすでに大人の雰囲気を漂わせる彼女は、普段から口数が少ない。
複数の中学校から生徒が集まる塾を通じて、その美ぼうは広く行きわたり複数の中学校の男子が、PKを軽く蹴るように告白したが成す術もなく数秒で玉砕している。
塾を通じて男子たちは学ぶ。
もうPKを蹴ろうとして手をあげるものはいない。
その彼女がきっぱりと意見を言うのを初めて聞いて教室はどよめいた。
そして、その日の階段の掃除当番は学校行事の係に人を取られ、南とその彼女の2人だけになった。
☆ ☆ ☆
「2人じゃ終わらないね。サボっちゃおうよ」
モップを片手に彼女が微笑む。
「おまえ、しっかり将来を考えていているんだな」と同調する代わりにモップにアゴを乗せた南が感心する。
「そうかな、南君ほどではないわよ」と彼女が返す。
「オレは②番に感動したけどな。よくあんなすごいこと書けるよな」
「何をしたいかって具体的にはないのよ。モデルをやらされてるとそういう大人たちがよってきてウザイの」
「モデルの世界って、居心地はどう?」
「めんどうくさいけど、楽しいよ」
「緊張感がすごそうだね」
「でも、楽しいわよ。緊張の無い場所なんてなにも楽しくないでしょ。南君もそうでしょ。いつもみんなに見られて緊張の中で投げてるから楽しいんでしょ」
「しっかり考えているんだな」南が感心していると
「ねえ、南君は野球で優勝したことある?」と彼女が話を変える。
「あるよ」
「いいなー。私は一番になったことがないわ。本当は③が収まるところだったりするのかもしれないわ」
「ショーにはでたりするの?」
「一応、何度かね」
「そうか、すごいんだな。きっと一流のモデルになれるよ」
「そうだといいけど。モデルになるにはもっとメンタルを鍛えなければならないの。みんなバチバチで、前へ前へのアピールがすごくて……。私はそういうのが苦手だから今日は先生にちゃんと意見を言おうと思ったの。そこは私のテリトリーだから、入ってこないでって」
「うちの学校の中で先生も含めて、おまえが一番何が大事かをわかってると思うよ。みんなフラれるはずだな」
「未来を想像するのは、いまやるべきことがはっきりするから楽しいわ。私はモデルになるから南君は希望通りにプロ野球選手になってね」
掃除道具を片付けながら髪をかきあげた彼女の耳には、小さな穴が空いている。
南がハッとしていると、視線に気づいた彼女は
「悩みや矛盾や葛藤を抱えたままゆううつな世界に飛び込んでいくときに、お化粧を済ませて最後にピアスを付けたら、そういう邪念をシャットアウトしてくれるから大丈夫やれると思うの」
と軽やかに話してくれた。
☆ ☆ ☆
いつものように南の、主語がなく時系列の乱れた、拙すぎる説明を整理してカッコよく書くとこうなる。
私は、南の話を聞いていろだけで楽しいので、そこをなおそうとはしない。
南は、身近に自分の夢とたたかっているヤツらは多いけど、彼女は別格だと言う。
私が「どこが?」って南に聞くと
「欲の恐さを知っているから」とそこはきっぱりと哲学的に答えた。
抽象化と分析力がすごい。
それだけできるんだから、もうちょっと話かたはどうにかなるんじゃないと心で思う。
「彼女は、先生たちも想像できない彼方遠くで闘っていて、オレたちがやっていることはまだまだママゴトだったことが分かった」とも付け加えた。
「あなたの野球はママゴトだったの?」とたずねると、
「ほどほど」かなと答える。
「ふーん。野球は好きなのよね?」と再びたずねると
「ほどほどかな」と同じ答え。
「でも普段努力してるじゃない」
「ほどほどにね」
「一生懸命じゃないの?」
「ほどほどに一生懸命だよ」
「なにそれ。ほどほどばっかりじゃん」と言うと
「まだ今じゃないってことだよ」と優しく笑い返す。
☆ ☆ ☆
両手を頭の上にあげて寝ている南の手を毛布の中に入れて寝室から戻ってきたおかーさんが、南の手の平の豆が分厚くなっていることに驚いている。
「まだ、ほどほどらしいわよ。今じゃないんだって」
というかどうか迷って心にしまっておいた。
私も「今じゃない」と思ったので。