南と日本の歴史の話をすることが多い。
話についていけるように私もこっそりと勉強中。
YouTubeで概要をつかんで本を読んだりすると複雑な中身もわかりやすいものだ。
おかげで日本の歴史について、ほんの少し流れがわかってきた。
歴史のリカレントにあたり、私の好きな「平家物語」から読み直してみた。
とっつきやすいようにアニメ化された「平家物語」も観たりした。これは「平家物語」の本編をある程度理解してから観ないと、いきなりだと何が何やら理解不能に陥る。
その後で「古事記」に戻り、時代順に概要をとらえて直している最中だ。
今は鎌倉時代に突入。
入試の際にあんなに勉強したのに、すっかり忘れているものですね。
☆☆☆
学んでいて気づくのは、人間の歴史って日本だけでなく、世界中どこもかしこも倫理も道徳もへったくれもないということ。
ご存じの通り、平気で身内を殺す。
夫だろうが兄弟だろうが主君だろうがいとも簡単に裏切る。
政略結婚のために娘を嫁がせる。
人の嫁に手を出す。
孝謙天皇なんかは愛人の道鏡に日本の国をプレゼントしようとしたのですから。
「こらこらこらこら、何をやってんの」と民衆はいいたかったでしょうね。
日本の国が成り立つ大事な頃からして、神々の不祥事や争いごとばかりだ。
国生みの柱である、ラブラブだったはずのイザナギとイザナミの最後は、憎しみ合い壮絶なバトルの末に別れてしまう。
かたわらでオオクニヌシは地方に行くなり片っ端から女性の神々に手をつけて回る。
映画「港々に女あり」を地で行くようだ。
「神話って厳かでもなんでもないじゃん」と、良い子の期待は簡単に裏切られる。
神様がそんなことだから、民衆に教法を説くお坊さんたちですら、自分の宗派拡大のためであらば、なんでもやる。
相手を非難するは、協力を惜しむは、嫉妬するはで当時文春があったら記事に困らなかっただろう。
それぞれ京都と奈良の山にこもりストイックに修行していた最澄と空海ですら、世俗性満載で仲が悪かった。
☆ ☆ ☆
そう、ヒトはその誕生以来今日までなんら成長をしていない。
俺たちが最高、他の奴らはゴミ以下というアナーキーな思想が根底に流れていて、みんながみんな超自己チュー。
権力者はほとんど自分の地位のことしか考えていない。
自分以外はすべて駒と扱って地位を守ってきた。
太古からずーっと同じことで争うヒトと付き合ってきた植物たちは「なんなのこの種は」とあきれてしまっているかもしれない。
歴史のさまは、子供に悪影響を与えるTV番組の比ではない。
それなのに、学校では歴史を学ぶ。
そのかたわらで倫理道徳を説く。
家に帰っても歴史は大事だと大人たちは口をそろえる。
子どもたちには「歴史に学べと言われましたので」と、道徳への反論の余地はたくさん残っている。
先生は開き直って「そうよ、世の中は矛盾だらけなのよ。これも勉強です」
と言い切る勇気を持たないと、やってられないかもしれないなとふと思う。
私も日本の歴史をきちんと学ぶことには大賛成だし、自国の歴史は学ばなければならないと思う。
そして歴史が面白いのは、その中身が下世話だからこそかもしれない。